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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第二章 星光拳士
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超新星内破撃

「判った。奴は強大だが、一度はチャンスがあると思う。あたしが合図をしたら、皆、一斉に攻撃してくれ」

 村人たちは真剣な面もちで頷いた。それまで見守っていたヒーリィが、レギアに問うた。

「それで魔女殿、どうしますか?」

「まずは巣からあぶり出さないとね――と、言っても炙るより冷やす方がいいだろう。ヒーリィ、巣穴に冷気を流し込むんだ」

「判りました」

 ヒーリィは巣穴の前に立つと、剣を逆手に持ち柄の魔晶石から浮かんだ魔紋を握った。

「氷結せよ」

 ヒーリィの剣から発生した冷気が巣穴へ流れ込む。レギアはそれを見ながら、傍らのアストリックスに話しかけた。


「進化、というものがどういうものか判るかい?」

 アストリックスは少し考えた後で言った。

「生物としてより強くなるということですか?」

 レギアは首を振った。

「それは結果の一つに過ぎない。そもそも進化というのは、環境により適合するように自身の種を変化させる力だ。種、というのがポイントだ。

 たとえば蜘蛛のくせに蟻に似てる奴がいる。こいつらは自分が蟻に似てる方が、蟻を捕食するのに都合がいいからそのように進化したわけだが、こいつらは『自分をそう変えよう』と思ってそうなったのか? 無論、鏡を見て自身を把握することもできない虫に、そんなことはできない。生き物は自分の経験から学び、自分ではなく、自分の子供や子孫に対して変化を起こすことでより環境に適合する力を獲得してきた。それが進化(エボリューション)だ。

 だがこの世界(ノワルド)には、個体レベルで自己の学習結果を、自身の身体に反映させて変化する能力が存在する。それが進変(エボルフォーゼ)だ。しかしこの進変を持つ生物も、一回か二回、それをできる種が確認されてるだけだ。しかし、あのディーガルは違う」


「何度も、繰り返し進変を行い、自分を変化させ続けてきたんですね」

「そうだ。クロード・ケルシュの残した資料では、あいつは最初、体長30cmほどの小さな甲殻生物に過ぎなかった。

 だが大気中の幽子濃度が濃くなる時、つまり紫月蝕の時に霊体を喰らうと進変を起こすということを、クロード・ケルシュは発見した。そして、繰り返しその実験を試みたのさ。

 喰わせるのは最初は小動物でどんどんと大きくなっていった。基本的に大きさがあって、知能が高い生き物の方が幽子の凝集度が高い。つまり行き着く先は、人間の生け贄だ。

 資料によればケルシュはデゾンシードの宝珠の原理が構築された後には、ディーガルとともにファフニールから姿を消している。だが奴はこんな場所で、ずっと魔獣に生け贄を与え続け、育てていたということさ」

「――魔女殿、ディーガルが出てきます」


 ヒーリィの声に、レギアもアストリックスも洞穴の入り口を注視した。身体にまとわりつく冷気を伴いながら、ディーガルはゆっくりと姿を現していった。

 歩きながらも、ディーガルは刻々と姿を変えていた。細い腕がはえてくる。女の姿をした突起の背後からは、白い突起が二つ隆起してきた。と、それはさらに二人の女の姿をした突起に変わった。頭に白い女体を三人持った異常な形状をして頭部の下で大顎が開き、ディーガルは奇怪な吠え声をあげた。

「ハサミが…再生してます」 

 アストリックスが驚きの声を洩らした。アストリックスが流星頂肘撃で粉砕したはずの巨大なハサミの腕が戻ったにとどまらず、もう二本増えて四本のハサミをディーガルは持っていた。 

「この化け物め! くたばれ!」

 村民の父親が、ディーガルに鍬を投げつける。それはディーガルの堅い装甲になんなく跳ね返された。


 ディーガルが村民たちの方を見る。と、女三人の突起が合わせて声をあげた。その音波衝撃が村民を襲い、岩場が爆発を起こした。

「許せません!」

 アストリックスは一声叫ぶなり、ディーガルに向かって高く跳躍した。額から突き出た一本角は、金色に輝いている。その空中から気力を発し、アストリックスは肘をディーガルの頭部に撃ち込んだ。

「流星頂肘撃!」

 重い、気力の乗った一撃が加わる。しかし、先刻はディーガルの腕を一撃で粉砕したその攻撃も、今度はディーガルに傷一つつけられなかった。

「そんな」

 地面に降り立ったアストリックスは、悲嘆の声をあげた。その背中に、レギアが声をかけた。


「進変とは環境に適合する能力だと言っただろ。さっきまでのあたし達の攻撃は、『環境』として認識され、それに適合できるように進化されてしまったのさ」

「そんな、それじゃあ、あの魔獣をどうやって倒せばいいんです?」

「チャンスはある。骸、あいつの動きを止められるか?」

「やってみます」

 ヒーリィは剣を構えた。

「氷結せよ」

 氷の道が疾走し、ディーガルの足元を氷りつかせる。ディーガルは一瞬動きを止めた。が、すぐに足元から熱を発すると、足元の氷を砕き割って再び歩み始めた。

「駄目です。私が冷気を流し込んだときに、進変する力で発熱による防御を獲得したようです」

「厄介な……」

 レギアは忌々しそうに呟いた。 


 ディーガルはそのまま山を下り、集落の方へ行こうとしている。村人は手近な武器で攻撃したり、投石したりしたが、全く効き目はなかった。

「このままじゃ……村が壊されちゃう」

 シリルの悲壮な声に、アストリックスは決意の顔を見せた。

「レギアさん、短い間でもディーガルの動きを止められれば、倒す手段があるのですか?」

「ああ。そしてそれで倒せなければ、後はもう打つ手がない」

 レギアの答えに、アストリックスは神妙な面もちで頷いた。

「判りました。わたくしが、動きを止めます」

 アストリックスはディーガルに向かって駆けだした。

(お爺様から学んだ秘奥義――今のわたくしに使えるかどうか)

 アストリックスは迷ったが、気力を高めていくに従い、その迷いは吹っ切れていった。


「みんな、今だ! ディーガルの気を反らせ!」 

 レギアの掛け声に、村人が一斉に攻撃を仕掛けた。雨のように降ってくる投石や凶器の攻撃に、ディーガルはまごついた。

 その隙に乗じてアストリックスが動く。それは気配を感じる間もないほどの俊敏さであり、ディーガルに反応する間を与えずにその懐に入った。アストリックスは既に両手の掌でディーガルに触れている。

超新星内破撃(スーパーノヴァ・アタック)

 気力を両手掌からディーガルの内部に浸透させる。その中核のなかで、アストリックスの気は衝撃爆破を起こした。

 ディーガルが吠える。自身の身体の内部に起きた異変に気づき、身悶えしてその苦しみから逃れようと呻いているようであった。

「レギアさん、やりました!」

「骸、凍らせな!」


 アストリックスの声を受けて、レギアはヒーリィに向かって叫んだ。ヒーリィは頷くと剣を水平に構え、胸の前にある柄頭の魔晶石から魔紋を取り出した。

「氷結せよ、人に仇なす魔獣よ」

 足元から冷気が立ち上ったかと思うと、ディーガルの全身がみるみる凍り付いた。

魔面着装(マスカレイド)

 レギアが顔の前に出した掌のなかに、魔面(バギマスク)を呼び出す。魔面は金属の触手を延ばし、レギアの上半身を包んだ。その凶々しく大きな金属の手には、長い爪がついている。魔面のレギアは、右腕を一振りした。

「あの姿は!?」

「あれは魔面。個我を開放して集合的無意識につながることで、その潜在力を自らのものにする――ものだそうです」

 ヒーリィの説明を聞きながら、アストリックスはレギアのその凶々しくも猛々しい姿に目を奪われた。


 ふわり、とレギアの身体が宙に浮く。凍り付いたディーガルの頭部の正面まで浮き上がると、レギアは空中で動きを止めた。

「そんな風に生まれついたのは、お前のせいじゃないだろうがね……」

 レギアはそう呟くと、両手を左右に広げた。その両手が光を放ち始める。

 レギアの鉄の魔面の目が赤く輝き出す。そして光っていた両手には、その手の先に翼にすら見える巨大な光の掌が出現した。

「光破の(ブラスティック・クロー)

 無造作に、ゆっくりとレギアは左右の手を降り下ろす。その動きと連動して、巨大な光の掌も左右に飛行した。


 その光の爪が凍り付けのディーガルを切り裂く。レギアはさらに右手を耳の後ろまで下げると、そこから爪を立てて掌打を打ち出した。

「消えな……」

 その言葉は字面の冷たさとは裏腹に、まるで「おやすみ」と言うような柔らかな響きにアストリックスには聞こえた。

 巨大な光の掌が、ディーガルの氷を襲う。既に切り裂かれていたディーガルは、粉々になって砕け散った。魔面が消えたレギアの顔に、一抹の寂寥感が漂っているのをアストリックスは見て取った。


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