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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第二章 星光拳士
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囚われの二人

 気がつくと、辺りは薄暗く、冷たい地面にアストリックスは横たわっていた。アストリックスは身を起こしたが、身体が妙に痺れていた。

「気がついたかい」

「レギアさん。ここは一体……?」

 アストリックスは改めて周囲を見回した。四方のすべてが岩壁であり、かなり上の方にある鉄格子の天井の合間から僅かな光が射している。広いとは言えない。そのすぐそばに、苦々しい表情をしたレギアが座っていた。

「地下牢だ。お前、毒を盛られたんだよ」

「そんな!」

 レギアの言葉にアストリックスは愕然とした。


「いったい何故――。村の皆でディーガルを倒すのではなかったんですか!?」

「そんなつもりはなかったのさ。魔獣の話だって、嘘か本当か判りゃしないってところだろう」

「――ディーガルの儀式は今夜だ」

 不意に、二人の頭上から声がした。天井の鉄格子から、ケルシュ村長とグレグが見下ろしている。声の主はケルシュ村長であった。

「お前たち二人のどちらかに、今夜、ディーガル様の生贄になってもらう。残ったもう一人は、三年間は生かしておいてやるが、いずれ同じ運命だ」

 ケルシュ村長は低く笑った。

「騙したのですね!?」

 アストリックスは憤然として声をあげた。ケルシュは遙か高い天井から、せせら笑いを浮かべたまま二人を見下ろしている。


「村の娘が生き残るためだ、仕方ない。しかしお前たちも『娘を救いに』来たのだろう? 目的は果たされるじゃないか」

「――そうやって、今までにも何人かの余所者を犠牲者にしてきたのかい?」

 レギアが村長を睨みつけながら口を開いた。村長は愉快そうな笑い声をあげた。

「五人ほどね! いずれも連れだった男たちには死んでもらったが。ああ、無論、お前たちのお連れさんも、今頃は谷底で横たわっていることだ」

 アストリックスは衝撃のあまり息を呑んだ。

「装備を奪う寸前に、少し意識が戻って抵抗したらしいが、結局串刺しにされて谷底へ真っ逆様だそうだ。残念だったな。まあ、儀式まであと少し時間がある。どちらが先に犠牲になるか、せいぜい相談しておくといい」

 村長は笑いながらそう言い残すと、その場を去っていった。


 完全に人の気配がなくなると、薄闇のなかで静寂だけが二人の間に漂った。

「……すみません」

 アストリックスは涙ぐみながらレギアに言った。

「わたくしがお願いしたせいで、ヒーリィさんが取り返しのつかないことに…。せめて、レギアさんは必ずお助けします」

 アストリックスは立ち上がった。しかし頭の芯が痺れ、足下がフラつきへたり込んだ。

「無理するな、連中が盛ったのは痺れ薬だ。まだ効果が残ってるだろう?」

「気になど……してられません!」

 アストリックスは立ち上がった。少しフラつくが、そこを無理に意志の力で補った。

「すぐにここから脱出しましょう!」

 アストリックスは天井まで跳躍するために、気力を発した。が、その瞬間、アストリックスは首が締まるのを感じ、その場に倒れてむせ込んだ。

「グフ……こ…れは…?」


 アストリックスは手で首に触れてみた。何か金属製の首輪が装着されている。

「それは気術家(アルスキリスト)を拘束するための反気輪さ。気力を発するためには爆発呼吸が必要だろ? その呼吸の動きを読みとって首を絞め、呼吸を乱す。そういう仕組みの一般的な拘束具だ。知らなかったのかい?」

 アストリックスは頷いた。レギアは呆れたような顔を見せた。

「とんだ山だしのお嬢さんだ。じゃあ、あたしの頭の輪っかのことも知らないだろう? 魔法使いは基本的に魔晶石を奪えば能力を防ぐことができる。だが、本物の魔導士は魔晶石がなくても、自分で呪文を詠唱して魔法現象を起こすことができる。ただしその魔法には現象を順次構成するための集中力が必要だ。そこでこの魔震環は、詠唱と魔力発揮をし始めると、震動と頭痛を加える仕組みになってる。これに耐えて現象を構成できる奴なんかいない――という代物さ」

「それじゃ――わたくしたちは、二人とも無力化されてるということですか?」

「まあ、そういうことになる」

 レギアは平然と答えた。

「そんな……」

 アストリックスはへたり込んだ。少し呆れたような声を出しながらレギアが口を開いた。


「大丈夫だ。しばらくしたら骸がくる」

「けど、もうヒーリィさんは、殺されてしまってると…」

「心配ない。あいつはとうの昔から死んでるんだから」

 レギアはこともなげに言った。

「――ここに来る前から怪しい話だと思ったから、用心して主装備はあいつに預けてある。目くらましのために奪われてもいい程度の装備は持っていたけどな。あいつには薬がきいたふりをして殺されろと言ってあったんだ。殺す前に装備を奪うようだったら、『殺されつつ』離脱するように芝居しろと注文をつけておいたが――思いの外、芝居は上手かったらしいな」

 アストリックスはレギアの言葉を聞いて、驚きを隠せなかった。

「それでは、レギアさんは最初から疑わしいと思ってたんですか?」

「ああ。けど、万が一にも本当のことだっていう場合もあるから、あんたには黙ってたが。だからあたしは食事も摂ってないし、飲み物は呑むふりをして携帯珠に吸収させてた」

「レギアさんは薬もきいてなかった!? なのに一緒に拘束されるなんて――。もしかしてレギアさんは、わたくしを助けるために?」


 アストリックスは薄暗いなか、レギアの顔を凝視した。レギアは軽く目線を逸らしながら呟いた。

「だから、借りは返すと言っただろ」

「レギアさん……」

 アストリックスは感動の中でしばしレギアを凝視していたが、衝動のままにがばと思いっきり抱きついた。 

「なななな――」

「レギアさんは、優しい方です!」

「わ、わ、判ったから離せ」

 アストリックスはレギアの声をよそに、さらにぎゅうと抱きしめた。

「素晴らしく聡明で、とっても可憐です!」

「い、いいから離せってば――」

 その時不意に、頭上でガチャリという金属音がした。見上げると鉄格子が開けられ、そこから縄梯子が投げ込まれる。

「上がってきて、ここから逃げてください!」

 明るさを背景に下を覗き込んだ顔は、カムランの姉シリルのものであった。


 アストリックスとレギアは、カムランの姉シリルが投げ込んだ縄梯子を上がった。レギアはシリルを睨んだ。

「何故、あんたが?」

「話は後です。まずここから出てください」

 アストリックスとレギアは、シリルの導くままに通路を小走りし一つの部屋に入った。シリルは暖炉横の岩壁に手を当てると、その壁の一部を横にずらした。そこには秘密通路が現れた。

「ここから外に出られます」

「シリルさんは?」

「わたしは、ここに残ります」

 アストリックスの問いに、シリルはそう答えた。

「あんた、どういうつもりだい?」

 レギアはシリルを横目で睨んだ。


「わたしのためにお二人が犠牲になるなんて、とんでもないことです」

「じゃあ、一緒に逃げましょう」

 アストリックスの提案に、シリルは首を振った。

「わたしがいなくなったら、すぐに騒ぎになります。わたしはこの屋敷から出られません。……それに、わたしは村のためにと、もう心を決めました。神獣がいなければ村が守れません。村には神獣ディーガルが必要なんです」

 シリルはそう言うと、二人に笑ってみせた。それは考えた末の覚悟の微笑に、アストリックスには見えた。

「……気にいらないね」

 レギアの苛立った声に、アストリックスは驚いて視線を向けた。レギアは苛立ちを隠さずに、シリルを凝視していた。


「あんたはそうやって『みんなのために犠牲になる美しい自分』ができて満足だろうさ。だが、その裏では他人を魔物に喰い殺させて、自分はのうのうと生き延びる奴を結局、助長させてる。そんな馬鹿げた集団への忠誠心が、また新たな犠牲者を結局用意させる」

 レギアの言葉を聞くシリルの顔には驚き以上の感情が現れていた。しかしレギアはなおも言い放った。

「あんたは一番大きな敵と戦わずに、結局、自己満足できるところで折り合いをつけただけさ。まあ、死にたい奴は勝手に死ねばいい。あたしはごめんだ。――じゃあな」

 レギアはアストリックスを一瞥すると、そのまま隠し通路へと入っていった。動揺に固まっているシリルに、アストリックスは声をかけた。

「シリルさん、本当によかったのですか?」

 シリルは少し考えていたが、無言で頷いた。アストリックスは一瞬ためらったが、結局レギアの後を追って通路へと入っていった。通路は岩を堀り抜いて作ってあり、しばらくすると戸外の森に出た。外は陽が落ちて、完全に暗くなっていた。夜空を見上げると、青の月と赤の月が接近していた。


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