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魔女と骸の剣士  作者: 佐藤遼空
第二章 星光拳士
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襲われている二人

 二人はしばらく峰を踏破し、陽も落ちようとしていた。オレンジ色の夕陽が山肌を鮮やかに染めた。

 不意に、アストリックスが足を止めた。

「どうかしたんですか?」

「誰かいます」

 アストリックスは黙って気配を探った。

 道の先の方に、気の乱れる気配があった。

「少し先に行きます」

 アストリックスはそう言うなり駆けだした。

 飛んでいるかのように木々をすり抜けると、アストリックスは気配の乱れている現場にたどり着き足を止めた。


 人が襲われている。

 水色の髪の青年が、体中を白い巨大な糸に巻かれて身動きが取れなくなっている。そして傍らの赤紫の髪の女性は、背後の巨大な蜘蛛の巣に片手片足が粘着してしまっていた。

 二人を襲おうとしているのは、人間以上の大きさはある巨大な蜘蛛であった。

(巨霊蜘蛛)

 アストリックスがその存在に驚く間に、女は自由になる指から火炎を放射した。凄まじい業火であった。が、巨霊蜘蛛は牙の間から分霊体(ファントム)の糸を吐き出し、その火炎を飛散させた。

(いけない、相手が悪いですわ)

 巨霊蜘蛛は霊力が高い霊獣(マナモル)と呼ばれる一種である。霊力は魔力に対して優位であり、女の魔力が相当のものでも、蜘蛛のつくりだす分霊体(ファントム)の糸によってかなり威力を相殺されてしまうのが見て取れた。


 巨霊蜘蛛はさらに糸を吐き出し、赤紫の髪の女の、自由になってる腕も背後の巣へと固着させた。巨霊蜘蛛がにじり寄る。

「魔女殿!」

 突如、周囲に冷気が漂い始めた。完全に全身を膠着されている青年の身体から、とてつもない冷気が漂っているのだった。しかしその冷気は巨霊蜘蛛をひるませると同時に、当の女性自体も弱らせていく。

 アストリックスは走り出した。

 跳躍をすると同時に、一気に巨霊蜘蛛の懐へとアストリックスは入り込んだ。そのまま気力のこもった拳を、巨霊蜘蛛の頭に打ち込む。

星光破(スターライト・ブレイク)!」


 衝撃の瞬間に気力が閃光を放ち、巨霊蜘蛛が(ひる)んで退いていく。地面に降り立ったアストリックスは、油断なく身構えた。

 しかし蜘蛛は完全に戦意を喪失したらしく、そのまま森の奥へと逃げ去っていった。

「ふう……なんとかなりましたわ」

 アストリックスは軽く微笑むと、蜘蛛の糸に絡め取られている二人を助け出した。

「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」

 アストリックスが訪ねると、きつい目つきをした赤紫の髪の女が、ぼそりと答えた。

「大丈夫だ。問題ない」

「けど、そちらの方は怪我をしてるようですが――」

 アストリックスは水色の髪の青年が、糸をほどこうとしてかえって自らの力で腕の一部に傷を負ったのを見て取った。近づいて診ようとするアストリックスは、青年の腕に触れた瞬間、思わず声をあげた。

「えっ!?」

 触れた手を思わず離す。


 異様な、今までに体験したことのない感触だった。

 生きている、感じに見えるにも関わらず、青年に触れた手からは霊体の生気が感じられない。アストリックスは驚いた。

「一体、貴方は……」

 そう言ってるそばから青年の傷はみるみる修復されていった。

「そんな……治癒術も使ってないのに、こんな速さで傷が治るなんて――」

「そいつは(むくろ)だ。心配はいらない」

 赤紫の髪の女が言った。アストリックスは意味が判らなかったが、とりあえず気を取り直した。

「とにかくご無事でよかったですわ。この地域に巨霊蜘蛛が出るなんて珍しいことですけど」

「出たんじゃない。あたし達を狙ってるのさ。何処かに操士(ハンドラー)がいたはずだ」

「狙われてるって……あなた方は一体、何者なんですか?」

 思わず漏れた問いに、アストリックスはすぐさま首を振った。

「いけない、いけない。人にものを尋ねるなら、まず自ら名乗りませんと。わたくしはアストリックス・ラナンと言います」


 言った後に、ぺこりとお辞儀をする。顔をあげると、水色の髪の青年がアストリックスに名乗った。

「私はヒーリィ・レイフィールド……らしい。危ないところを助かった。ありがとう」

 青年が名乗るのを聞くと、不承不精の体で赤紫の髪の女が口を開いた。

「レギア・クロヌディだ」

「あの……それでお二人はどちらに? もしこの先で山越えをするなら、ご一緒に行きませんこと?」

「いや、結構だ。いくぞ、骸」

 つれない素振りで立ち去る気配を見せるレギアに、アストリックスは声をかけた。

「あの、狙われているというのであれば、さっきのような霊獣が相手では、お二人では危険なのでは? 一緒に行った方がよろしくはないですか?」

「余計なお世話だ」

 赤紫の髪の女は振り向きもせずに言い放ち、歩き去っていく。すると水色の髪の青年が近づいてアストリックスに言った。


「あの(ひと)は関係ない人を巻き込みたくないのです。口調はきついですが、悪意はありません。我々は我々でなんとかやっていくのでご心配なく」

 ヒーリィは表情もかえずにそう言い、レギアの後を追っていった。

(この人達は)

 その時、アストリックスの心に何かひらめくものがあった。

”誰が信頼に足る人物か、よく見極めなさい”

 トリムに言われた言葉が、アストリックスの脳裏に甦った。

(この人達はきっと、信頼に足る人たちですわ)

 アストリックスは突如、何の脈絡もなくそう思った。そしてアストリックスは、思いついたらすぐさまそれを行動に移す人間だった。


 アストリックスは二人を走って追い越すと、その前に立った。

「あの、それではわたくし達を助けてほしいんですの」

「何だって?」

 レギアが眉をひそめて見せた。

「わたくし達――とは、どういう意味ですか?」

「あ、今、わたくしの依頼人を呼びます。カムランさーん!」

 ヒーリィの落ち着いた質問に応えて、アストリックスは大声でカムランを呼び出す。レギアはアストリックスのとった突然の行動に困惑している様子だったが、アストリックスは一向気にする気配もなかった。


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