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赤電話

第7話の続きです

仕事が終わり、帰宅して夕飯を食べる。

ひと段落すると、虚無感が私を襲う。

人と話したくなる、時間を共有できればそれで良い。

気が付けば、ルームを開いて二人を待っている。

私から開けば、二人ともすぐに来てくれるだろうという算


この子達は私の元へすぐ駆けつける。

さながら流れ星のようなスピードで。


そして私の日常から生まれた、鬱憤や承認欲求をことごとく満たしてくれる。

私が口を開けば、息をのむように耳そば立てているのが伝わるし、話題一つ一つに大きく反応を示す。


大した事でもない私の話を自分のことかのように、考えたり笑って聞いてくれる。

人のぬくもりを感じているし、今の私にはこのコミュニティさえあればやっていける。

生きていけるとさえ感じていた。


会話する頻度や数を重ねるとともに、この子達への興味関心が次第に個人に変化していった。


だから私は、DMを送った。


                おしゃべりしよ

                午後21:37


1対1の環境に置き換えてより関係性を密接にすることで、私の永遠に埋まらない心の溝を埋めることに利用した。


すぐさま返信が届く。

向こうは、ルームで話すことだと勘違いしていた。


               違うよ


二人きりで話したいなど、恥ずかしくて口を避けても言えなかったので否定の文言しか送らなかった。

なんとなく察してくれたのか、許諾の返信が来た。

そして私たちの話の場はルームではなく電話になった。


電話にはSambaを使うことにして、電話するにまでこぎつけた。


今まで何回も会話してきたはずなのに、まるで初めましてのような妙な緊張感に包まれた。

お互いにあどけない中で言葉を振り絞りながらも一時間程話した。


こうなることは予測済みだ

二人きりで話すことが可能になった今、私は満足だったしつかみとしては十分だと思う。


これから、互いに電話で話せる間柄になればそれで良い。

二人きりで話せるようになれば、もっと相手に対して深い話ができると。

これは、ある種の暇つぶしのようなものなかもしれない。

一度満たされた好奇心という名のポットをひっくり返して、もう一度注ぎ直せることに新品の商品を開封するときの様な高揚感を覚えた。


それからが数日経ち、私の思惑通り電話をすることが日に日に増していった。

今日()()()()()できるか、時間空いてるか、などの誘い文句とともに。

その周期は、数日に一度から回数が進むにつれて、一日に一度へと変化していく。(もちろんいつもという訳ではないあくまで可変だ。)


この変化を今の私は望んでいたし、距離が知数くことに悪い気は起きないかった。

それにはきっと向こうも、同意してくれるだろう。

ただ、いくら近所付き合いのようになろうが、回数が瓦割の前の山積みの瓦のように積み重なろうが通話時間は1時間以内には終わらせている、時には30分も満たない場合もある。

私は瓦がある目盛まで積みあがれば、すかさず手刀振りかざすように「赤い受話器」を押す。


なぜそうするのかは自分でもよく理解できていない。

私の承認欲求を満たすことを委託して、一定量で満足しているのか、あるいはそれ以上踏み込んでしまうと入れ込んでしまうという意識があるのかもしれない。

トンネルの中腹で、立ち往生するのはごめんだ。と月は思った。


だが実際、仲は当然と言えば当然なのかもしれないが以前よりも増して深まっていくことになった。

ある日の久方ぶりのルームで「3人」は集結して、会話を弾ませる。

全員で集まったのが久しぶりだったからなのか、お互いの内情に少なからず触れたことが起因しているのか心なしか会話に()()がもたらされていた。


会話の最中、私は会ってみても面白いのかもと何の脈略もなく考えていた。

そこまで本気に考えてもいないし、元々会うつもりはさらさらないのだが会話の一環で二人に説いてみた。


「お寿司屋さん行こ、みんなで。こことかさ」

お店のURLを貼る

(東京の少し話題になっている店だ)

「え!おいしそう!お寿司食べたい、食べたい」

「いいね。行こうよ」


案外みんな乗り気なんだと月は思った。


「あとさ、中華街とかで占いとか食べ歩きしたい。この前行った時食べた北京ダックと水餃子おいしかったし」


その時の食べ物の写真を見せた。


「うわー、おいしそう。おなかなっちゃいそう」

「それな中華街なんか行ったことないから、面白そう」


二人がいくら前に身を乗り出して、画面外から出てきたとしても行く気は依然として湧かない。

どちらかと言えば、行きたいところを列挙しただけのつもりだった。

私からすれば会うことを思いついたのは、無数にある思考の根っこの一本にしか他ならない。

こんな世界線も起こりうるのだろうと。


「え、じゃあまずこのお寿司屋さんいこうよ。みんなが集まれる時って考えると直近だと夏休みの時期かな?」

「そうだね、俺的には少し遠いしそんくらいだとありがたい。」

「だよね、僕はまだいいけどプレは遠いもんね・・」


どうやら殊の外、()()発言が二人の意欲を駆り立ててしまったらしい。


「じゃあ予約しないとだね」

私は意欲の波に呑まれた。

別に二人が本気にしていることを哀れだと思っているから話に乗っているわけでは断じて無いが、言い出した人物がここで手のひらを勢いよくひっくり返すのは、寝覚めが悪くなる。

取り敢えず無難に答えて、後始末は未来の私と時に任せよう。そう月は思った。

そのあとのルームは、その話題で持ち切りのまま終了した。


次の日も、Sambaで本当に会うのか、行くのか問われたが堂々と行くつもりだと答えた。

そして、話題を有耶無耶にすべくこちらから通話に誘う。


おしゃべり


このメッセージさえ送れば、相手は通話のことだと認識できるまでになった。

勿論、通話内容は全く異なる話題で展開する。

お寿司屋にも中華街にも触れやしない、間髪入れず話題をフンコロガシが自分のフンを転がすように話題も起承転結を意に介さず転々と話題を振り続ける。

嘘が嘘を呼び、次第に肥大化していく。

どちらにせよ、寝覚めが悪くなることを私はこの時点で悟ったと同時に過去の放任的な私に腹を立てた。

今日もうまく寝付けない日々が続く、処方された薬を1錠とコップに注がれた水を服用する。



数週間が経ったある日

少しずつただ確かに紡がれて折り重なっていたはずの交流は、突如として終わりを迎えた。

それは、裁縫糸をリッパ―で切断するように軽く容易に、だが感じられるはずの感触や音は一切ない。


きっと()()()は「お星さま」ではなく「流れ星」だったのだ。

素早く一直線に移動し、消滅する定めなのだ。

ただ、依然としてこの子達は私が口火を切れば、それに追随するかの様に光続けている。

じゃあ、なぜ流れ星なのか。


答えは1+1のようにシンプルだ。

私が飽きてしまったのだ。

人間とは恐ろしいもので、一度ある一定のレベルで満たされたしまうとより多くを求めていく。

私も例外には漏れなかった。(以前にもあったことだが)


彼らと話しているのは楽しかったが、だんだんとその気持ちも二人への関心も次第に薄れていった。

それからというもの、自発的にルームを開くことは少なくなりアカウントの「★」ですら開かなくなることが多くなった。


流れ星は遠くから見れば光り輝く宝石のようだが、実際のところは宇宙の塵が発光しているだけなのだ。


彼らは純粋無垢で、それこそ星の如く光り輝き私に興味を寄せてくれている。

一方の私は、承認欲求の塊で自己満足がしたいだけの人間の罪深い部分。

つまり、「塵」(フンコロガシのフンとも言えよう)がまとわりついている。


そんな私が無理に発光しようと、必死に足搔いていたのだろう。

きっと心という惑星のどこかで彼らとの光の等級に違いを感じていたこと、何よりも私の汚れた部分をこれ以上彼らに見せたくはなかった。


彼らが流れ星なのではない、私が流れ星だったのだ。


交流頻度が減っていることを感じたであろう、二人は各々に私の状態を確かめてくる。

プレはDMで心配して聞いてきてくれるし、ユーは恥ずかしいのかDMは送ってこずともルームを開いたり投稿の頻度が多くなっている。

罪悪感から返信やイイねなどの反応は少しばかりした。


だけれど、私から関係を断ち切ることは決してしない。

「別れ」が怖いし、とても悲しいことだと感じているからだ。


だとしても、せっかく構築した関係性だと思ったし、私本位で崩していくのは違うとは思っている。

彼らのことを無下にはできない。

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