6等星
第6話の続きです。
イシュが消息を絶ってから、どれほどの月日が経ったのか、もう正確にはわからない。
最初は彼の帰りを待っていた。
配信活動も、そのために始めたはずだった。
でも今は、その目的を見失いつつある。
やめてしまおうかーーやめてしまいたい。
ここまでやってきたのに、戻ってくる気配すらない。
もう、配信を続けていく理由すらわからない。
寂しい。
朝も昼も夜も、寂しさを感じる瞬間が増えてきた。
特に夜は、考え事をしすぎて眠れない日々が続いている。
なぜこんなにも私は苦しいのか、理由も分からずただ押し寄せる感情に吞み込まれている。
思い返せば、立て続けに「別れ」が津波のように押し寄せたからだろう。
元職場の同僚、元カレ、そしてイシューー。
でも、後者の二人を理由にするのは、私のプライドが許さない。
彼らに未練を持っているなんて認めたくないし、何より私を捨てた彼らに弱みを見せたくないと思っているからだ。
だからこそ、心を無理に誤魔化して、自分に言い聞かせている。
今、私は「ヒトの優しさ」を求めているだけだと。
ヒトの寂しさはヒトでしか埋められないという、そんな考えが私の心を支えていた。
いつしか心を騙し続けていると、その誤魔化しも次第に薄れてきた。
本当のところ、私はイシュが欲しいんじゃない。
疲弊しきった心と傷を埋めてほしいだけなんだと気づいてしまった。
自分が本当に求めているものが分かるほどに、心は孤独を深く感じる。
だから、ほんの少しでもつながりが欲しくて、私は配信を続ける。
フォロワーも始めた当初より着実に増えていき、視聴者数も平均して二桁になり、嬉しいことにコメントをくれるリスナーも増えた。
正直、他の人と比べれば足元にも及ばない知名度と人気なのかもしれない。
だけど、私にとってはそれがとても嬉しかった。そして、楽しい時間でもあった。
そんな配信にも、毎度のようにコメントして聞いてくれるリスナーが何人かいる。
いくら私に話たいことがあってもコメントがなければ配信は成り立たない。
私の話を聞いてコメントをくれたり、逆に話題をくれたりしてくれる。
この人たちは逃さないようにしなければ。
そんな使命感まで湧いてきた。
そのために、あまり物事を覚えることが出来ない私は名前を憶えて、配信中もコメントをくれたら気づいて、存在を認識していることを伝えるようになった。
とある日の配信でーーー
よくコメントしてくれるリスナーのうち、特にコメントをくれる人たちがいる。
それは、ユーとプレストンというユーザーネームだ。
コメントから察するに、あまり年も離れていないと思う。
その日の配信で、二人のことも認知していることを伝えた。
ユーの方は私が名前を間違えたこともあったし、そのあとの反応も面白かったから、他のリスナーよりも印象に残りやすかった。
プレストンの方はというと、前からDMを送ってきてくれて、何度か会話をしていたからなんとなくは知っていた。
「プレ」という愛称も、名前が長すぎて覚えられないので簡略化して、尚且つ呼びやすく私が変えたのだ。
配信後、SNSでネットサーフィンしてたところ、たまたま配信アプリ用のアカウントで見ていたのもあって、あるルームがおすすめ欄に表示された。
ん、ルーム?なんだろ、タイトルは・・
読むと「作戦会議」と記されていた。
なんだ、作戦会議って。
作戦なんて怖いな私なんかやらかしたか?
少し気を止めていると、そのホストがいつもコメントをくれる「ユー」だった。
他にも参加者がいるのか、恐る恐る詳細を表示させるとそこには「プレ」もいるではないか。
ありがたいことにSNSのアカウント名も配信の時と同じだったからすぐに誰だかわかった。
(アカウント名が配信の時と異なるのが基本だから、誰が誰だかわからないことが多い)
けど、この二人は名前も覚えていたし、ある程度は認識しているので少し安心した。
作戦会議ってのは意味が分からないけど、訳も分からない人たちに色々言われてるわけじゃなさそうでよかった。
安心したと同時に
じゃあ何の話をしてるんだろうか、別に私のことを話してるとも限らないもんね。
それに、二人がコメントじゃなくて会話してるってことだよね。
飛び入りで参加してみようかな。
私の悪い癖だ。
すぐ好奇心だけに押し負けて首を突っ込んでしまう。
次に気が付いたらもう「作戦会議」に参加していた。
(まただ。。知らぬ間に顔もニヤニヤしてるし)
今思うと、二人が何を話しているかよりつながるチャンスがあったことににやけたのかもしれない。
これが足掛かりなりうるのではないかと薄っすら期待していたのだ。
「なーに楽しそうなことしてんの?」
そう軽い感じで言ってみた。
当然二人は、唖然としている様子だった。
どうしてなのか私にはわからなかったけど、二人は状況を呑み込めていなさそうで、もう一度言葉を発してみた。
「私だよ。私。なんか面白いことしてんじゃん入れてよ。」
ようやく、二人も私の存在を理解してくれたようだが、まだ少しあっけにとられているようで面白い。
なんでこんなとこにと、聞かれたが理由は明かせない。
二人と「声を突き合わせて」会話するのは初めてだった。
だけど今になって、私の好奇心で勝手にお邪魔したことを後悔する。
(もしかして私、邪魔だったかな…大事な話をしていたのかもしれないと、胸がざわついた。)
色々考えてしまい、後ろめたくなった。
その場を退くために、適当な理由つけた。
「ん~けどもう眠いな、またやるんでしょ?そん時またお邪魔させて。それじゃ」
そそくさと退出ボタンを押した。
そのとき、無意識に「また」とつけたのは、もし二人がまた話したいと思ってくれているのなら、もう一度やってくれるだろうという希望を込めた言葉だった。
それからというもの、やってくれるのか心配で気が気でなくなる。
必然と配信用のアカウントを開く回数、時間が一回また一回、刻一刻と増えていく。
たまに、二人が暇なのかどうか確認するために、ブラフで配信したりもした。
その時も、二人はいつものようにコメントはくれる。
だけど気のせいか量が減ったような。
「いなくなる」という事象に、人一倍敏感になっている今の私には、ネガティブな部分しか映らない。
かといって、私からそのことに触れたり、DMを送ったりはしない。
催促しているようで申し訳ないからだ。
それでも、平静を装い、向こうから動いてくれるのを待つようにしていた。
そして、ある日の夜、
フィードを更新すると、ようやく二人がルームをやってくれた。
つい、うれしくなって思わず声が出てしまう。
ルームに参加する前に、軽く咳払いをして声が裏返らないように、整える。
あたかも余裕綽々で待っていたかのような声色と言葉を探して挑む。
「あ、やってるじゃん。」
どうだ、「別にやってればそれはそれで~」の余裕を醸し出せてるだろうと思いつつ、二人の反応を待つ。
だが、醸し出そうとしてるものとは裏腹に、少し本音が漏れる。
「そっちだって、いつやるかわからないんだもん。教えてよ。やるなら」
心の中では、より多くの私がそう叫んでいる。
「DMするのなんか緊張するんですもん。。」
ユーが、初々しさをも感じさせることを言う。
私には、刺さるも刺さりまくる。
そうゆう母性くすぐるというか、つい撫でたくなる衝動に駆られる言動は、不覚にもどストライクだった。
なんせ、私は年下好きで元カレもイシュもそうだった。
最近はあまり体験してないせいか、意図せず心の声が漏れ出てしまう。
「え、何それかわいい。」
画面の向こうにいるはずなのに、恥ずかしがって赤面している様が見て取れる。
この子達囲っておきたいな。
いなくなられないように。
それ用にアカウント作って特別感も出しつつ私を気に入ってもらおう
策士というか、ずる賢いというかーーこんな場面で発揮される悪知恵が、どこで身に着けたのか私にも分からない。
思ついて、すぐに何の脈略もなく切り出す。
するとすんなりフォローしてくれるようだ。
ひとまず囲い作戦は成功。
なぜこのアカウントのままではだめなのか気づかれる前に、話題を変えて話を続ける。
少し話を続けているとプレが
「てことは、これからもやってくれるってことだよな?」
と聞いてきた。
「うーん、そうね。今んとこはそのつもりだけど。」
満更でもない。
やはり、お互い声を発して言葉を交わす方が、コメントだけの会話より断然良いものがある。
二人とも楽しんでいるようで、こっちも同じ気持ちにより一層なれた。
するとプレがまた急にこんなことを言い出す。
「これからラリュもハマると思うよ。」
ラリュ?噛んだだけかはたまた聞き間違えなのか。
頭の中の辞書を索引しても、そんな言葉かすりもしない。
聞き返すものの月だからだよと、意味不明な供述をしている。
だんだん考えるのもめんどくさくなって、適当に返答してしまう。
そしたら話が二転三転、ユーがこの呼び方を気に入って、三人だけの呼び名になっていた。
発案者の当の本人も反対するわけがなく、私の意見無しに決定しかける。
私が割って入る隙間はなかったので、私も渋々「好きに呼んでくれ」と諦めた。
私が、承認ハンコを押すや否やすぐに決定した。
(この子達、上司より承認ハンコを押すの早いな。)
決定するモノの大きさが違うとは言えど、あっさり決まったことに笑みがこぼれる。
自分が考案したのを自画自賛して、それがフランス語が語源とほざいている人もいるが、冗談半分ふざけ半分でユーとあしらった。
不思議なもので、学生生活の頃の親しい友人たちと会話しているかのようななつかしさすら感じて、一気にこの子たちとの距離が縮まった気がする。
気がついたらルームも終わって、約束通りこの子達とのルーム専用アカウントを作成することにした。
名前はどうしようかと悩んだが、月だったしと白色の「★」にすることにした。
特段理由があるわけではない、名前を考えるのが面倒だからいつも絵文字にしているだけだ。
私が専用のアカウントを作ってからというもの、配信よりもこの子達と話すことへの比重が、重くなっていった。
時には話したくなって、私がホストになることもしばしば。
ある日のルームで、私はこの子達に鎌をかけた。
「みんなどこに住んでんの?」
鎌をかけた理由は、
私の単なるいつもの好奇心と本当にこの子達が実在しているのか、今この時間を共有しているこの子達が一体何者なのか、どこまで私を信用しているのか、私はこの子達にとって何者なのかを図りたかった。
そしてもし仮に近くに住んでいるとしたら・・・
そんなプライバシーの部分は、言ってくれないだろうという想像とはかけ離れ、この子達は答えてくれた。
少し驚いたが、それよりもこの子達がしっかりと生きていて、47分の1のどこかに生活していることを知れて嬉しかった。
もしかしたら、噓をつかれているのかもしれない、海外にいるのかもしれない。それでも。
私は教えなかった。
確認できればよかったし、急に会うみたいな話になっても困る。
嘘を言ってもいいのだろうが、ムダな嘘はつきたくはない。
逆にプレから「何歳か」と聞かれたが
それは話が別だ。
年齢は言うのは恥ずかしい、もし明かしたらどんな反応をされるかも怖かった。
実年齢すらこの子達は、明かしてくれる始末。
そこまで信用してくれているのかと思う反面、さすがに私も誠意を見せないといけないと思って、言いかけたときにユーが
「女の子に年齢を聞くのは野暮なんじゃない?言いにくいだろうし」
と言ってくれた。
ユーは優しい子なんだな。
女性に対して理解があるのか、人間としてとても素敵だと感じる。
私はユーに助けられ、恥ずかしいという理由から言わずに済んだ。
すると、プレがツッコミを入れて、重い空気になりそうなところを一変させてくれて、ユーも私も思わずケラケラと笑う。
こんなに楽しい会話ができる仲間内が、配信からできるとは思いもしなかった。
(あー楽しい!)
このまま、これからもいっぱい話をしたいと思わせてくれる。
私にとってこの子達はお月様の隣で光り輝くお星さまになり得るのかもしれない。
少しでも面白いと読みたいと思っていただけたら幸いです。