朔
第3話の続きです。
私の名前は月
私は今年で26歳になる、もうアラサーに突入している。
年々学生を見ると、学生生活が羨ましい。
今になってようやく大人の言っていたことが、わかってきた気がする。
自分がすでにその一員になっているのがすごく嬉しくない。
子供の頃はあれだけ大人になりたいと願っていた。
なのに、いざ"自由"になったかと思うと色々な制約が降りかかり始めて、子供の頃思い描いていた大人の姿はただのまやかしだったのかもしれない。
多忙で低賃金で働いていた会社先月付けで退職して、新しい会社に転職した。
そこは今の時代に適した働き方が出来る場所で、リモートワークで働けて休暇も好きな時に取れるすごく良い会社だ。
給料面も全く支障ないほどにもらえて、ワークライフバランスが整っているありがたみが身に染みて分かる。
最近は転職活動がひと段落して、新しい会社で働くまでに少し時間がある。
暇なのだ。
確かに、最初の内は嬉しくて自分の溜まりに溜まっていたしたかったことを片っ端からしていった。
けどそれも尽きてきたし、していても飽き性で何事も続かない。
なにか、おもしろそうなのないかな。
暫くしたある日ーー
今日は前の職場で、仲が良くて尊敬している女先輩と久しぶりに夜ご飯を食べることになっている。
転職活動がかなり忙しかったのもあり、退職以来会えていなかった。
今回久しぶりに会えることがとても楽しみだ。
張り切りすぎて、集合時間から1時間近く早く駅に到着してしまった。
どうしようか。
1人でお店に買い物に行くにも特定の場所じゃないと行けないし、外出するときは誰かと一緒に行動するからか、1人行動が苦手だ。
うーん、せっかく来たんだし色々ウィンドウショッピングでもしようかな。
そう思い、駅に直結している複合施設に足を運んだ。
先輩と会う前に買い物をするつもりはなかったので、ショーウインドウに並ぶ品々やブティックのマネキンを横目にちらちらとみるだけで、お店を転々としていると何やら人だかりができているお店があった。
気になってお店に歩いていくと途中で
「ガチャガチャの森」
という文字看板が目に飛び込んできた。
(ガチャガチャ?子供の頃やっていた、あのガチャガチャのことだよね?)
また少し進むと答え合わせが出来た。
なんとガチャガチャの機械が店舗スペースいっぱいに陳列されて、さらにそれが何段にもなって積み重なっている。
な、なんだこれ。。こんなにガチャガチャがある。幼少期にこんなのあったらウキウキしてただろうに
私は驚いた。
客層を見てより驚く、意外にも大人がこぞって子供のように取っ手を回しているのだ。
私が知らない間に、どうやらとてつもない進化を遂げていたようだ。
私もそんな大人子供に交じって「森」を探索し始めた。
一つ一つに目を配ると、商品のクオリティも格段に向上している。
それに比例するかのように、昔と比べると値段も恐ろしいほどに跳ね上がっていた。
昔は300円で高いからダメって親に言われてたのに。
そんなことを思っていた矢先、体に電気が走ったようにビビビッと来た。
どうやら何かのキャラクターのガチャガチャらしい。
なんでか、私はすごくこのキャラクターに一目ぼれしてしまっていて引かなければ。
という謎の使命感にまでかられた。
気がつけば、両替機の前で1000円札を両替していた。
久しぶりにやるけど私が欲しいの出るかな?600円だけど取り敢えずやってみよう
小銭を投入して、少し硬い取っ手を時計回りに回していく。
ガタガタガタ、ガタガタガタ、、カシャン
懐かしい音を立てて、カプセルが落ちてきた。
ワクワクしながら、カプセルのクリアな部分から目を細めながら見ると残念ながら、お目当てのキャラクターではなかった。
だが、これはこれで愛着が湧いてきた。
お目当てのものが一番かわいいので、是が非でも手に入れたくなってきた。
(うー、もう一回引いちゃおうだけどまた両替しないと。)
両替機の前まで行き、両替しようと思っていると
(あ、あれ?1000円札もうないや。しまった。5000円札しかないけど背に腹は代えられない。少し手間だけど小銭に変えよう。)
もう一度機械の前に戻り、お目当てのものが出てくるのを念じながら軽く回していく。
またもや出たのは違うもので、もう一回、もう一回と回していくとようやく5回目にして、お目当てのものが出てきた。
嬉しかったが、かなりの金額を費やして熱中してしまった。
私の浪費癖がつい。恐るべし。。妖怪ガチャガチャ
とはいえ目的は達成できたので大満足である。
お金を気にせずにガチャガチャができるのは、一つ大人になってよかったと思える瞬間であった。
それも束の間、ふと我に返って左手の腕時計に目をやるとなんと、予定していた集合時間が差し迫っていた。
焦りながら「森」を抜けて、駅構内の待ち合わせ場所まで戻るとほぼ同タイミングで、先輩がこちらへ向かってきているのが視界に入った。
「あっ!先輩~!こっちです!」
「おっ、ルナ~久しぶりじゃん元気だった? ってか何、そのパンパンな袋は。」
「ご無沙汰してます、先輩。あ~これですか?ちょっとガチャに熱狂しちゃってつい引きすぎてしまって。。何個かダブったので上げますね。」
袋から一つ手に取って差し出す。
先輩は苦笑しながら
「いや、いいって別に。。。ん?わるくないな。しょうがなく頂いとくとするよ」
「でしょでしょ??先輩もはまっちゃうかもですね。」
「そ、それはねーだろ。よし!とりあえずパアッーとやりに行きますか!」
「そうしましょう!私お店予約してあるんで」
「お!なんか用意周到じゃん、やるね~」
そんな会話をしながら私が前々から気になっていたお店へと向かった。
「先輩、ここです。」
「へ~雰囲気よさげジャン。入ろ入ろ」
ドアを開けてお店へ入ると外の騒がしさとは一変して、ジャズが流れている落ち着いた空間だった。
「いらっしゃいませ!ご予約のお客様でしょうか?」
店員さんがそう尋ねてきたので
「はい、18:00から2名で予約していた廣瀬です。」
「かしこまりました。2名で予約の廣瀬様ですね、確認いたします。」
店員さんは、予約の名簿を見て確認している。
だが、少しすると店員の表情が曇り始める。
今度は名簿とにらめっこし始めた。
(あれ?また私もしかして予約してない??)
そんなことが頭をよぎった瞬間、店員さん数名で何か確認しているようだ。
すると、一人の店員さんが口を開いた。
「申し訳ございません。お客様、ご予約を承っていないようなのですが・・」
(ガーーン、したはずなのに、、ちゃんと確認しとけばよかった。。)
すると、それを聞いた先輩は気を使ってくれたのか
「ルナ、しょうがないほかのお店に行こ」
と言ってくれた。
私は全身が一瞬にして、熱いのか寒いのかわからないほどの気持ちになっている。
続けて、店員さんが言葉を付け加えた。
「お客様、実はですね。ご予約に空きがございますので今回そちらでご案内できればとおもいますがいかがでしょうか。」
なんと、予約のキャンセル分で私たちが案内してもらえるとのことだった。
私は一気に安堵感を覚えた。
間髪入れずに返答した。
「お、お願します!!!」
すると、案内されて席に着くことが出来た。
なにか冷汗じゃないものまで出てきている気がする。
何がともあれ気になっていたこのお店に来れたことが嬉しかった。
「なんか、前にも同じようなことあったよね?あんときは、予約申し込み画面まで行って予約できたって勘違いちゃったんだっけ?」
そうだ、先輩が言った通り私は以前にもしでかしたことがある。
多分きっと、今回も予約する直前で満足してしまったのだろう。
「すいません、先輩今回も前回も。。」
本当に自分が情けなく思って、半べそになりながら謝った。
「な、泣くなよ。結果来れたからいいじゃん予約してくれてありがとうね感謝感謝。」
先輩はいつも自責する私に、温かい言葉をかけてくれてそのたびに救われてきた。
きっとこれから違う環境になっても、この関係性はきっと変わらないのだろう。
しばらくすると、コース料理がテーブルへと運ばれてきた。
とても完美な見た目をしている。
早速一口頬張ってみると、口の中で旨みが広がり本当に来れてよかったと思った。
そんな最中、先輩が口火を切った。
「そういえばさ、来週引っ越すんだったっけ?彼氏と遠距離になっちゃうじゃん。どうすんの?」
そうだ、私の転職先が東京にあるのでここから引っ越さなければ行けないのだ。
だから、先輩と会える回数も極端に減るだろう。
「そうなんですよ。東京に引っ越すんです。あと彼とはお別れしたんです。」
そんなことをケロッと言うし、別れたことを伝えてなかったからか、先輩は顔をあんぐりとさせていた。
あんな先輩の顔を見るのは初めて見た。
「あんたね、なんでそんな飄々としてられんのよ。3年くらい付き合ってたよね?なんで別れちゃったの?あんなにいい人そうだったのに。。」
先輩は私たちをとても応援してくれていて、結婚式はいつなのかと半ば親みたいに聞いてくるほどだった。
だからか悲しいような寂しいような表情になっていた。
私は両手を合わせながら
「ごめんなさい先輩、もっと早くお伝えすべきでしたよね。。実はつい先日の話で私が転職活動でなかなか余裕が持てなかったことがダメだったのもあった。。のかな。。
なんか、噛み合わなくなって彼から別れを切り出されちゃって・・
あっ、けど一応円満でお別れしたって感じなんですよ。」
「けど、私はとても彼に感謝しています。彼のおかげで色々なものに興味が持てたり、好きな物事が増えたので出会えてよかったなと思ってます。」
つい言葉が多くなっていく。
(もう何も気にしていないかのように、強がってはいるけど心の中じゃまだ彼が多くを独占しているのだと思う。)
「そうだったんだ。。私はてっきりまだ付き合ってるんだとばかり。やっぱ環境が変わっていくと付き合う人も変わっていくものなのかねぇ。大変だったね…」
「側からみてても優しそうな人だったからね。そっか〜、じゃあルナも今は独り身かぁ。」
「そうなっちゃいますね。なんだかんだケンカもしたり色々あったけど、楽しかった思い出になればいいなと今は思ってます。」
「ルナが大丈夫って言うなら、良いんだけど。」
店内の騒音すら聞こえてこなくなるくらい暗い雰囲気になってしまったとこで、先輩がパンっ!!と手を叩いた。
「はいはい!この話はおしまい。おしまい。今度は私の話ね!」
そう言って、蝋燭の灯ったように雰囲気が変わった。
小さな灯りだが、私にとってはそれだけでも充分だった。
先輩はニコニコしながら話始めた。
「私は、最近こんなものを始めました!聞いて驚くなよ」
(何始めたんだろう?そんなびっくりすることなのかな?)
私が疑問に思っていると、先輩は徐にスマホを見せて来た。
「実は私、配信者になりました〜!!」
(????)
私は理解できなかった。
「どうゆうことですか?え?あ?Youtuber的な、あれですか?」
「言葉のまんまだよ。Youtubeみたいな動画とかじゃないんだけど音声だけで投稿したり、配信したりできるんだよ。」
「へええ、そんなものがあるんですね。いやはや、すごい時代になりましたね。」
(え~、ちょっと面白そう)
「いやいや、齢何歳だよ。」
「けど、先輩はどんな内容でやってるんですか?」
「避けたな。。いや特に決めてないよ、ただコメントに反応したり話したい事、一方的に話したりそんな感じかな。」
「そんなラフな感じでいいんですね。もっとこうちゃんと話題決めないとだめなのかと。」
「まあ、その方が話はしやすいんだろうな。なんだ別に有名になりたいわけじゃないからな、一つのはけ口って感じ。」
「なるほど。私もそんな感じでできるならやってみようかな。」
「いいじゃん、いいじゃん!ルナもやってみなよ!アプリの名前はね・・・」
(冗談半分で言ったつもりだったんだけどな。。)
先輩の圧に屈して、半ば強制的にインストールさせられた。
「最初から配信者側でなくてもいいからさ、いろいろ聞いてみなよ。きっと気に入るからさ。どうせ暇なんだろ?」
(な、なんかばれてるし)
「は、はあ、わかりました。今度やってみます。」
「いいね、そのいきだ」
私たちは、カチンと赤ワインの入ったグラスを手に取り、約束を交わした。
グラスを口に近づけると、とても心が安らぐよい香りがする。
(ん、ワイン苦手意識あったけど、美味しいかも。)
このお店は、珍しくコースの締めに赤ワインを飲むことで有名なのだ。
因みに、食事中はお水がワイングラスに注がれる。
「じゃあ、今度は私のターンですね。先輩こそ最近恋愛はどうなんですか?」
「ささ、お会計するよ~」
先輩は、お勘定を持って席を立ってしまった。
「え、ちょっと先輩??何かあったんですか~?」
少しおちょくりながら聞いてみたが、先輩は反応も示さず私たちは店を後にした。
話しかける隙も与えずに、最寄り駅まで到着した。
先輩は別れ際になって、ようやくチャックで塞いでいた口を開いた。
「今日はありがとな、またすぐに会おう、東京に私が行ってやるからさ。バイバイ。」
そう言うと、すぐにジッパーを閉めてホームへと姿を消していった。
(みんなバイバイって言う。。)
(な、なんか私地雷ふんじゃった?どうしよう先輩に嫌われたかな。)
そんなことを考えている最中メッセが届いていた。
「急に急いで帰ったりして悪かったね。」
午後21:36
「きにしいなルナだから今頃考えこんじゃってんだろうからさ。」
午後21:37
「別にしてないですよ!」
午後21:37
「やっぱり気にしてる笑笑、実はな・・
今気になってる相手がいてその人が
配信し始めたんだよ。」
午後21:37
「例のアプリでですか?あと笑笑って使う人もう嫌いです。」
午後21:37
「そそ、その人とお互い配信聞きあう間柄になって仲良くなって来てて、つい声が・・」
「聞きたくなっちゃったんだよ。ごめんね。」
午後11:38
「そうだったんですね、それならひとまずよかったです。」
午後11:40
そうゆうことだったのか、それにしてもひとことくらい言ってくれてもよかったじゃん。
けどそれも忘れるくらいに夢中になってるってことなのかな?それにしてもあのアプリでって。
さすがに私はナシだな。
ま、暇なのは違いないし使ってはみようかな。
今回は「君」である。もう一人の主人公ルナが登場しました。4話はなぜ配信者をし始めたのかのきっかけとなるお話でした。(陽と出会うよりも一年近く前の話です。)
今後も「僕」側のみならず、「君」側の視点からも物語を描こうと思っています。