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【24】エデンの役目

(――エデン!!)


私は悲鳴をあげそうになった。山のように巨大な結晶の中で、エデンは竜と睨み合った状態で封じ込められている。


「ヴィオラ様……醜いものを見せて申し訳ありません」

心の奥の世界で取り乱している私に向かって、(エデン)は抑揚を欠いた声でそう囁いた。そして険しい表情で、自身の亡骸を凝視していた。


墓室の入り口付近に立っていた(エデン)は、用心深い足取りで一歩ずつ結晶のもとへ歩み寄っていく。(エデン)の数歩後ろを歩きながら、レオカディオ殿下が言った。


「『地下霊廟に結晶を安置して、竜が衰弱死するのを待つ』――それが王室評議会の決定だ。封じ込められた生命は、結晶の魔力に侵されてゆるやかに死んでいくからな。人間であれば絶命まで1か月、魔物ならどんなに強靭な種族でも1年程度……災禍の竜が死ぬのに何年かかるか不明だが、このまま封じる算段だ」


本来なら8つの首を全て切り落とす計画だったが、俺たちにはそれができなかった――と、殿下は悔しそうに付け足した。

 

……これが、エデンの最期。

なんて悲しい終わり方なのだろう。

以前にエデンから聞いていたものの、実際に目の当たりにするとあまりに惨たらしい。




封印結晶の魔法を私が初めて見たのは、10歳の時のことだった。誘拐された私とサラを助けるために、エデンが封印結晶で暴漢たちと閉じ込めてくれたのだ。

暴漢たちは、その日のうちに牢屋の中で封印を解かれていた。だけどエデンは、すでに3年も結晶の中に……?


「霊廟の管理官が3か月に一度墓室に入って、結晶と竜の状態を報告する決まりになっている。竜の肉体は一向に衰弱する気配がなく、直近の報告でも『一切の変化なし』とされていた。……まったく、何年待てば死んでくれるやら」


私は、おそるおそる結晶の中のエデンを見た。

竜と対峙したまま閉ざされている彼の姿はとても精悍で、死んでいるとは思えないのに……。


唐突に、(エデン)が低い声で言った。

「……『一切の変化なし』だと? レオ、お前もそう思うのか?」

殿下は眉をひそめている。


(エデン)は結晶のすぐ目の前まで近寄り、結晶越しの竜と自分をじっとにらみつけていた――全身に、緊張がみなぎっている。


「俺にはとても、『変化なし』とは思えないぞ。衰えるどころか、むしろ結晶の中で生命力を取り戻しつつあるように見える。レオも、もっと近くでよく見てみろ」

「なんだと」


殿下はまじまじと見つめた。怪訝そうな顔で、何かの呪文を唱えて手元に光を灯す――手元の光で結晶を照らし、目を凝らしていた。殿下の顔が青ざめたのは、次の瞬間だ。


「結晶……ひびが入っている……!」


エデンは苦々しい顔でうなずいている。

「ごく細かいひびが、所々に入り始めているようだ。それに竜が死んでないのは別として、俺の遺体が()()()()()()()のもおかしい。結晶の中の人間は1か月ほどで絶命したあと、数か月かけて肉や骨まで吸収されて完全に消滅するはずだ。なのに俺の遺体は、3年経った今でも形が保たれている……こんなのは異常だ」


殿下にとっては、完全に盲点だったらしい。

ハッとした顔で、殿下は結晶に閉ざされたエデンの姿を凝視した。それから顔を真っ青にして「……お前の言う通りだ」と呻いた。


「竜ばかりに目が行って、エデンの亡骸に注意が向かなかった……。そうか、竜が消滅しなかったとしても、人間(おまえ)が消えずに保たれているのは異常だ。だが、どうしてこんなことが……?」


「そんなことは俺も知らない。竜の生命力が結晶内で俺に流れ込んでいる……とか、そういう感じか? 理論や仕組みは学者に考えさせてくれ」


注意深く結晶内の竜を観察し続けていた(エデン)が、息を呑んだ。

「これは……!」

(エデン)が見つめているのは、頭を切り落とされた首の断面。グロテスクなそれを見つめて、(エデン)は顔色を変えていた。


「落とした首が……再生し始めている」


断面には、薄い皮膜が張っていた。

皮膜の下にはなめらかに隆起した薄桃色の肉があり、新しく生まれたような細かな血管が張り巡らされている。例えるならば、しっぽを失ったトカゲが、時間をかけてゆっくりと欠損部位を再生させているかのような――。


「災禍の竜が、回復に向かっているというのか!? ただちに父上に報告しなければ」

レオカディオ殿下は、額に汗を滲ませて叫んだ。

「エデンも協力してくれ! 災禍の竜を復活させるわけにはいかない」


「もちろんだ。……死んだはずの俺が生き長らえている理由は、ひょっとすると竜狩りなのかもしれないな。今度こそ、災禍の竜を完全に仕留めてやる」



エデンの言葉を聞いて、私はとても不安になった。


災禍の竜を討ち果たしたら、エデンは『役目』を終えて消えてしまうのではないか……。そんな根拠のない不安が、胸にこみあげてきたのだ。


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