第06話『結羽との関係』
互いに無言のまま中庭にある自販機の前に到着。近くのベンチに腰を下ろして物憂げに空を見上げる結羽。
彼女の登場で胸のざわめきは落ち着きを取り戻していた。だから飲み物は正直必要無くなったのだが、結羽と話をするために一本くらいは買っておこう。
「……ふむ」
自販機のラインナップを見ると、朝の補充がまだされていないらしく準備中の表記が目立つ。こればかりは文句を言っても仕方ない。ある物の中から候補を二択まで絞った俺は結羽の方へ振り返る。
「結羽、奢るよ。お汁粉と青汁どっちがいい?」
「……え。どっちも嫌なんだけど」
「じゃあ適当に選ぶね」
言いながら俺は結羽の好きなココアのボタンを押し、落ちてきた缶をそのまま結羽に投げ渡す。受け取った結羽は嫌な顔でラベルに視線を落とすが、ココアだと気づくと表情が和らいだ。
「ココアがあるなら先にそう言ってよ」
「それじゃつまらないからね」
「ともちんも人が悪いね」
文句を言いながらも嬉しそうに缶を開ける結羽。一口飲んで顔を綻ばせるが、すぐに元の表情に戻って俺のことを見つめる。
「さーちんのことどう思っているの」
「別にどうとも思っていないよ」
「それは嘘だね」
「……」
言葉に詰まると、結羽は苦虫を噛み潰したような顔をする。しかしすぐにその表情は変化する。
「うちがさーちんと同じことを言った時は何も無かったのにね」
今にも泣き出しそうな顔で結羽は言葉を落とした。
……同じこと。そう、俺は過去に愛桜と同じ言葉を結羽の口から聞いたことがある。
『──うちと付き合ってよ、ともちん』
あの時と違うのはただ一つ。
結羽の告白は断った。それだけ。
「さーちんがどんな思いで言ったのかは分からない。でも、少なくともうちは──」
零れそうになる涙を堪えて、結羽はその続きを口にした。
「ともちんのことが好きで言ったよ」
サァァ──と、春とは思えないほど冷たい風が俺と結羽の間を駆け抜けた。
結羽の顔を見ればその言葉がどれほど重いものか分かる。でも、俺に結羽の気持ちに応える資格は無い。友達以上の関係にはなれない。結羽を恋愛対象として見ることは出来ない。今も、そしてこれからも。
そしてそれを結羽自身も理解している。理解した上で今の関係性を望んでいる。
「ともちん。ハッキリ聞くよ。さーちんのこと、好きなの?」
「どちらとも言えないね。結羽、この際だから言っておくけど、これは恋愛話じゃないんだよ」
好きとか嫌いとかの話ではない。俺は純粋に知りたいのだ。あの言葉の嘘の意味を。
けど、結羽の次の言葉を聞いた俺は、今は嘘でもいいから誤魔化しておくべきだったと後悔する。
「じゃあ今からヤろうよ」
「……とても正常な判断とは思えないね」
冷静に言葉を返す。しかし、間を空けてしまったのが良くなかったらしく、結羽はくすりと笑って一歩俺に歩み寄った。
「期待してるんでしょ」
「してないよ」
「嘘」
「嘘じゃない」
「今更拒めると思っているの?」
「……」
俺は押し黙る。反論の余地が無い。
「確かに初めてはうちから誘った」
告白は断ったが、その誘いは拒まなかった。
一回すれば満足してくれると思ったからだ。
「ともちんは拒むことも出来たはずだよ。なのにそうしなかった。拒めばただの友達のままで居られたのにね」
けど、一回だけなら大丈夫という考えは間違っていた。麻薬と同じようなものだ。一度手を出してしまえば簡単には抜け出せない。たった一回の交わりが、抜け出すことのできない罠になっている場合だってある。
ピトリと、結羽の伸ばした指先が俺の胸に触れる。
ただの指なのに、鋭利なナイフを押し付けられているような感覚だった。
「うちらはとっくに正常じゃないんだよ? 歪んでいる。元の関係には戻れないくらいぐちゃぐちゃに、ね?」
次の瞬間、結羽は俺の胸ぐらを掴んでグイッと顔を寄せてきた。目と鼻の先に結羽の顔がある。女の子特有の甘美な香りが鼻腔いっぱいに広がり、麻薬のように脳に浸透していく。そして結羽は身動きの取れない俺の耳元に顔を持っていき、自身の香りと同じくらい甘く囁いた。
「だからさ、ともちん。責任取ってよ」
その甘さとは正反対に、言葉は重かった。
「責任……か」
「そう。責任だよ」
これが結羽の恋の形──。
俺が受け入れてしまったからこそ顕れた結羽の本性。心の奥底に眠るソレを呼び起こしてしまった俺には確かに責任がある。
「うちが満足するまで絶対に逃がさないから」
そう最後に告げて、結羽は俺のことを押し倒した。
to be continued