第16話『不穏な空気 ①』
「─それでは皆さん、お気をつけてお帰りくださいまし」
夕食の後、コーヒーを飲みながら会話に花を咲かせていたら、いつの間にか遅い時間になっていた。瑠璃の使用人が俺たちを家まで送り届けようとしていたが、それとなく断りを入れて俺たちは瑠璃の家を出た。
玄関まで見送りには来てくれた瑠璃は、今日の愛桜の歓迎会が満足になる結果になったようでご機嫌な様子。愛桜もみんなとの距離を縮めることが出来て嬉しそうに笑っていた。
「ばいばーい、るりりーん! また明日学校でねー!」
「じゃあなー、瑠璃ー! 遅刻すんなよー!」
「はいですわー……って、私は遅刻なんてしませんわよ和也さん!?」
敷地を出たところで手を大きく振り、瑠璃との別れの挨拶を終わらせる。それから俺たちは他愛ない会話をしつつ帰路に着いた。
街頭に照らされる夜道を抜け、まだ賑わいを見せる駅前まで出たところで和也が口を開く。
「じゃあ今日はこの辺で解散だな」
和也の家は俺と結羽と同じ方面だ。だから結羽は首を傾げて和也に訊ねる。
「あれ、かずやんはうちらと帰り道一緒でしょ」
「ばーか。女の子をこんな時間に一人で帰すわけにはいかないだろ? 涼香も誰かいた方が安心できるよな?」
「う、うん。そうだね。かず君の好意に甘えようかな」
涼香の頬には赤みが差しているように見える。きっと、男らしさを見せた和也の言葉に照れたのだろう。
「じゃあすずちーはかずやんに任せるとして。さーちんの家はどっちなの?」
「私はあっちの方ですね!」
そう言いながら指をさしたのは、偶然にも俺たちの家と同じ方面だった。これならば途中までは一緒に帰ることができる。
「奇遇だね。俺たちもあっち方面なんだよ。もし良かったら家まで送っていくけど?」
「大丈夫です! 私はここから近いですし、結羽ちゃんの事を送ってあげてください!」
「あ。言ってなかったけど、うちの家はともちんと同じなんだよ」
「どどどどど同棲っ!?」
テンパった時の涼香のような反応に俺と結羽は思わず吹き出す。まぁ確かに今の結羽の言い方だと誤解してしまうのは無理もない。
「違う違う。俺たち、同じマンションに住んでいるんだよ」
「……同じ、マンション」
「そゆこと! しかもお隣さんなんだよね」
「……お隣、さん……」
ポツリと呟いて、充電の切れたロボットのように身動き一つ取らずフリーズする愛桜。おそらく、自分の見当違いな思い込みを頭の中で必死に正そうとしているのだろうが、どういう訳はその顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
「……愛桜?」
「どどどどど同棲じゃないですか!?」
「うん。愛桜って物事を慎重に捉える節があるのに、こういう時だけはバカになるんだね」
学校では結羽を正論で言いくるめていた愛桜だが、男女の話になるとバカになるようだ。
「ふ、二人ともハレンチですっ!!」
「ただのお隣さんってだけだよ。俺と結羽は友達。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「そうだよさーちん。夕飯とかはよく一緒に食べたりするけど、言ってしまえばそれくらいだよ」
誰も知らない俺と結羽の関係。それをわざわざ言う必要は無い。
結羽も知られたいとは思っていないから、怪しまれない程度の事実だけを伝えて会話を終わらせようとした。
「……そうですか。でも──」
けど、俺たちは愛桜の持つ洞察力を甘く見ていたのかもしれない。
「──友達、ですか? 二人が? 私にはそんな浅い関係のようには見えませんけどね」
淡々と告げられた言葉と、こちらの全てを見透かすような冷たい翡翠色の瞳。
俺と結羽は咄嗟に言葉を返すことが出来ず、無言で愛桜を見つめることしか出来なかった。
to be continued




