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嘘と約束の鎮魂歌  作者: 心音
春の章
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第01話『出会い』


 御桜丘(みざくらおか)──。俺が今いる場所の名称だ。

 丘と名がついてはいるが、この街全体を見下ろすことができる高台のことで、ハイキング目当てで初めてここにやってくる人はよく勘違いをしてしまう。

 しかしこの時期ならば、そんな勘違いを一瞬で忘れてしまうほどの圧倒的な美しさの桜が見る者を魅了し、同時に記憶に深く刻み込む。

 それほどまでに御桜丘に咲く桜は美しい。絵画の一部を切り取ったような光景を味わう為に、わざわざ引っ越してくる人もいるほどだ。


「……ど、どうでしょうか?」


 だが、そんな美しい景色も今の俺の心には何も響かない。ピンクの欠片を蝕むような圧倒的な黒。夜の闇を吸い込んだような真っ黒な羽根が桜吹雪を蹂躙しているからだ。

 その黒は嘘が織り成す心の闇。吐き気がするほどの嘘が俺の視界を覆い尽くしている。


「……どう、と言われても」


 答えに悩んでいるとずっと舞い続けていた黒い羽根がようやく落ち着き、ここで初めて少女の全体像を確認することができる。


 シンプルな白いブラウスに、カーディガンに似た淡い黄色のパーカーを羽織り、黒が主体の花柄のロングスカートで、可愛さだけではなく大人っぽい魅力を引き出している。

 栗色のウェーブがかかったロングヘアは風に靡いて甘い花の香りを運んでくる。そして翡翠色の瞳は期待と不安を見え隠れさせながら俺のことを見つめて答えを待ち続けていた。


「うぅ……やっぱり私には女の子としての魅力が足りないんですね」


「いや、普通に可愛いとは思うよ」


「本当ですか!? じゃあ付き合ってください!!」


 えぇ……圧が半端ないなこの子……。

 それにまたしても黒い羽根が宙を舞う。

 付き合って欲しいという言葉が嘘になるなら、その嘘の答えは当然付き合いたくないということになる。屈託ない笑顔で、どういう目的があって、こんな大それたことを口にしているの見当もつかない。


 その容姿だけ見れば天使と言っても過言ではない彼女。しかしそれはあくまでも一般的な意見であり、俺から見た彼女は天使の皮を被り、真っ黒な羽根を舞い散らす悪魔だ。

 悪魔の誘いに乗るか乗らないか──目的さえ分かれば答えは出しやすい。でもハッキリとしない状態で二つ返事するのは間違っている。


「名前、教えてくれないかな?」


 だから俺は当たり障りのないごく普通の答えを出すことにした。


「……名前、ですか」


「うん。いきなりそういう関係になるのはやっぱりおかしな話だし、友達から始めたいって俺は思うんだ」


「……」


「どうだろう?」


 彼女の目的は分からないが推測をすることはできる。

 俺の傍にいて何かを企んでいるのであれば、そのポジションは別に恋人じゃなくて友達でもいい。よっぽどの事情がない限りはこの提案に乗ってくれるはずだ。


「……」


「……」


 無言のまま時間だけが過ぎていく。このまままでは埒が明かない。そう考えた俺が口を開こうとしたその時だった。


「…………愛桜」


 春の優しい風に乗って、少女の声が俺に届いた。


星ノ宮(ほしのみや) 愛桜(あいさ)……です。星の宮に、愛情の愛、春に咲く桜で愛桜って書きます」


挿絵(By みてみん)


「星ノ宮……愛桜……。綺麗な名前だ」


 心の底からそう思った。

 胸にすーっと溶け込んだその名前が波紋のようにポカポカとした気持ちを心に広げる。つい一瞬前までこの少女が嘘を吐き続けていたということを思わず忘れしまいそうになったくらいだ。


「俺は友樹。鉢嶺(はちみね) 友樹(ともき)。苗字は難しいから割愛する。友達の友に樹海の樹で友樹だ」


「友樹……くん。いい名前ですね。友樹くん、友樹くん……」


 俺の名前を呼びながら嬉しそうに微笑む。


「私のことはその……愛桜って名前呼んで頂けたら嬉しいです」


「いきなり名前呼びでいいの?」


「はい。私も友樹くんって呼びたいですし、友樹くんには名前で呼んでもらいたいです」


 不思議なことにその言葉には嘘は無かった。だから俺は素直に頷くことにする。


「分かった。じゃあ……愛桜」


 言われた通りに名前を呼ぶと、愛桜は頬を人差し指で掻きながら破顔する。


「……はいっ。ありがとうございます!」


 満開の桜のような綺麗な愛桜の笑顔。この子は本当に笑った顔が可愛らしい。


「まずは友達としてよろしくお願いします。友樹くんっ」


「うん。よろしくね、愛桜」


 そうして俺は改めて思う。愛桜は心の奥底に何を隠し続けようとしているのだろう、と。

 俺には難しいことは何も分からない。分かるのは言葉の真偽だけ。こういう時、いつも俺を助けてくれた人物の顔が不意に頭に過ぎる。

 桜が舞う綺麗な空を見上げ、俺は愛桜に気づかれないくらいの声でひっそりと呟いた。


「……なぁ、教えてくれよ。紅音(あかね)



to be continued


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