第13.5話『回想 ④』
「あーーー、涼しいーーーっ!」
紅音に連れられてショッピングモールにやってきた俺たち。初夏とは思えない暑さに疲弊していた和也は、冷房の効いた店内に入ると同時に腕を大きく広げて叫んでいた。
「……恥ずかしいよ、かず君」
「大目に見てあげなよ、涼香。外で暑い暑いって連呼されるよりはマシだからね」
そう涼香を諭すと、確かにそうだね。と言ってため息を吐いた。
休日ということもあり、家族連れやカップル。友達同士で来ているグループなどで店内は賑わっていた。買い物目的の人だけではなく、俺たちと同じように涼みに来ている人も多いだろう。その証拠にフードコートではアイスやかき氷といった冷たいものを食べている人が大多数を占めている。
そんな人々の姿を見た和也は、紅音の手を引っ張って近くのアイスクリーム屋に向かっていく。
「紅音! 俺たちもアイス食べようぜ! な? なっ!?」
「いいよ。でもそんなに慌てなくてもアイスは逃げないよ?」
「それは分かっているけど、体が冷たいものを欲しているんだよ! 早く食べないと死ぬ!」
「かずくんは大袈裟だなぁ。何味がいいの?」
紅音が訊ねると、和也は目を輝かせて答える。
「バニラ!! アイスと言ったらバニラだろ!!」
「うん、分かった。じゃあわたしが注文しておくから、かずくんは席取りしておいてくれるかな?」
「任せろ!!」
グッと親指を立てると、凄まじい速度でフードコートの中に消えていく和也。あまりにも素早い行動に俺と涼香は苦笑いをする。
嬉しさが滲み出ている背中を見届けてから視線を戻すと、すぐに宝石のルビーのような紅い瞳と視線が重なった。
「ともくんとすずちゃんは何味にする?」
「自分の分はちゃんと払うよ?」
そう答えると、紅音は静かに首を横に振る。紅いセミロングの髪がふわっと揺れて、甘い林檎のような香りが舞う。
「ともくんとかずくんには、この後やって欲しいことがあるからね。それのお駄賃みたいなものだよ」
その返答に涼香がピクっと反応する。自分の名前が無かったことが気になったのだろう。紅音の服の袖を引っ張って首を傾げる。
「あーちゃん、わたしは?」
「心配しないですずちゃん。すずちゃんの分もちゃんと買ってあげるからね」
「やった。わたし、ストロベリーがいい」
「うん。じゃあすずちゃんもかずくんのところで待っていてね」
紅音は人差し指をピンと立て、そのままフードコートの奥の方を指さした。そこには席を取ったと、手をブンブンと振ってアピールする和也の姿がある。涼香は和也と同じように手を大きく振って駆け出した。
「さて、ともくんは何味がいいのかな?」
「抹茶。……やって欲しいことって服選び?」
「正解。夏服、選んで欲しいな」
「いいよ。でも、たまには自分の好みで服を選んでもいいと俺は思うよ」
紅音は自分の着る服を俺と和也に任せる。今日着ている服だってそうだ。
「えー、やだよ」
「やだって……」
子どもっぽい返しに俺は思わず苦笑してしまう。
いつも大人びている紅音だけど、こういうところは子どもだ。
「なんで自分で選ぶのは嫌なの?」
「それは簡単な理由だよ」
紅音は俺から一歩身を引いて、その場でくるりと一回転する。
薄赤色のロングスカートがふわっと舞った。たったそれだけの動作で俺の視線は紅音に釘付けになっていた。
「二人が選んでくれた服を着るのが私は好きなんだよ」
そして、満面の笑みでそう告げるのだ。
その紅音の言葉が嬉しくて、俺と和也は女性向けのオシャレを学んだ。もっと紅音に喜んで欲しい──ただそれだけの思いのために。
もしかしたらこの知識が活かされる時が来るかもしれない。でも今は紅音の為だけに使おう。紅音の笑顔が見れるのであれば、それだけで満足なのだから。
to be continued