第13話『隠したいこと』
「……なんか私、自分の女の子としての自信を少し無くしました……」
ショッピングモールを後にし、瑠璃の家に向かう途中、愛桜は遠い目でオレンジ色に染まる空を見上げ、蚊の鳴くような声でひっそりと呟いた。
感傷に浸る愛桜を見た涼香。何か慰める言葉がないかと模索し、数秒経ってから口を開く。
「わ、わたしも、服選びとか、色々……上手くないよ?」
「私は自分に自信があったんですぅ……」
涼香の言葉に愛桜を纏う負のオーラが一段と重くなる。言葉選びを間違えた涼香は肩を落とした。完璧なフォローのつもりだったのだろう。
そして、そんな二人を見て結羽は苦笑いを浮かべるが、こちらも若干複雑そうな表情を浮かべていた。
「まぁでも、確かにあれを見せられちゃうと、うちもちょっと自信無くすかも」
言いながら結羽は金色の瞳を、上機嫌に鼻歌を歌いながら歩く瑠璃の方へ向けた。より正確に言うならば、丁寧にセットされた瑠璃の髪の毛に向けられていた。
服選びが終わったあと、俺は店員さんからヘアアイロンを借りた。店の備品ではなく、俺と和也のファッションセンスに感銘を受けた店員さんが好意で私物を貸してくれたのだ。
借りたヘアアイロンで俺が瑠璃の髪をセットした。瑠璃は普段からストレートにしかしない。だから出来上がったヘアスタイルはイメチェンと呼ぶに相応しい仕上がりだった。
「ちなみにともちん。そのヘアスタイル、なんて言うの?」
「くらげヘア」
「くらげ……。あー、確かに見た目がくらげっぽいかも」
俺が瑠璃にしたのは、くらげヘアと呼ばれるヘアスタイルだ。
セットの仕方は比較的簡単で、まずは耳の上の辺りでツインテールを作る。そうしたらそのまま三つ編みにしていき、垂らしたい分だけ残して髪を結ぶ。その後に三つ編みの端を摘んで髪を少し引き出し、お団子を作る要領で三つ編みの箇所をくるんと纏めてヘアピンで固定。瑠璃の場合はセミロングだから、三つ編みの量は一巻でお団子に出来るくらいが丁度いい。
あとは垂らした髪にヘアアイロンを当ててウェーブ巻きにする。左右でそれぞれ三箇所ずつくらい巻けば、くらげの足みたいになって可愛い。一応これで完成だが、お団子の部分にリボンを付けたりすれば可愛さが一段と上がる。今回はリボンの用意が無いからそのままだけど、藍色の瑠璃の髪とくらげヘアは相性が良く、そのままでも十分可愛く仕上がっている。
「こういうの何処で覚えているの?」
「SNS。オススメで上がっていたから覚えただけだよ」
「オススメ? ともちん普段から女性向けのもの見ているの?」
「今はそんなに。昔はよく見ていたよ」
「あー、すずちーのコーディネートするため?」
「それもあるけど、俺のコーディネートですごく喜んでくれる人がいたからね」
「む。女の気配を感じる」
結羽は少しムッとした表情を浮かべる。俺のことが好きな結羽にとって、イツメン以外の女性のことは気になって仕方ないのだろう。だからこの後に来るであろう結羽の質問は想像が容易い。
「誰? その人とはどういう関係なの?」
「……」
予想通りの質問。だからこそ俺は答えるつもりなど無い。正確に言えば答えたくないのだ。
俺と紅音のことを何も知らない人間が、過去に土足で踏み込んでくるのは形容し難い不快感を覚える。例え、気を許している結羽であったとしてもそれは変わらない。
どうやって話題を逸らそうかと考えに耽る。しかし、結羽がそれを待ってくれる訳もなく、捲し立てるように言葉を重ねてくる。
「ねぇ、教えてよ。気になるじゃん」
俺に好意があることを他の人に勘づかれないように表面はあくまでも笑顔で。でも、向けられている目は少しも笑っていない。まるで蛇のようだ。気を抜けば一瞬で絡め取られてしまいそうな圧を感じる。
「とも──」
結羽が俺の名を呼ぼうとしたその瞬間だった。
「あーーー!! み、みみみみ見てよ鳴海さん!! あっちにすごい可愛い猫ちゃんが、い、いるよ!?」
「おお!? 本当だな!! モフりに行くぞ結羽!!」
「は? 猫? うちはそんなことより──って、ちょ!? 引っ張らないでよかずやん!! すずちー!?」
雰囲気を感じ取った和也と涼香が結羽の両脇を掴んで引きずっていく。遠ざかっていく結羽の声を聞きつつ、俺はホッと胸を撫で下ろした。何も言わずとも分かってくれる二人には感謝せざるを得ない。
「……?」
ふと視線を感じて振り返ると、無表情でこちらを見つめる愛桜と目が合った。
「どうしたの、愛桜」
「いえ、何でもありません」
黒い羽根がほんの少し舞った。
俺を捉える翡翠色の瞳を見つめても、嘘を吐いたということ以外何も分からない。無言でいると、愛桜はそれ以上何も言わずに、前を歩く瑠璃の隣に並んだ。愛桜も下手に追及はされたくないのだろう。ならば俺もこれ以上触れないことにしよう。
「少なくとも今は。だけどね」
to be continued