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嘘と約束の鎮魂歌  作者: 心音
涼香の章
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第157話『作戦会議 ②』


「……」


 絆という言葉を聞いて、俺は涼香と愛桜が喧嘩した夜のことを思い出していた。あの夜の涼香の発言は時間が経った今でも深く印象に残っている。

 俺の言葉を待っているみんなには申し訳ないが、俺は記憶の棚を開けてあの夜の言葉を整理していくことにした。




『好きとか嫌いとか、恋人かそうじゃないかなんて、関係無いよ。身体を重ねるのは信頼の証』




 身体を重ねる──。

 涼香の信頼の伝え方は身体を許すこと。幼馴染という友達とも恋人とも違った俺たち三人だけの特別な絆。




『わたしがかずくんのことを何よりも信頼しているって伝える為の、わたしにしか出来ない大好きの伝え方』




 わたしにしか出来ない──。

 身体を許すというのは、ある意味一番の信頼の確認方法。信頼も絆も無ければそんな行為は到底出来るはずがない。




『わたしは言葉で伝えることが苦手。でも、身体を重ねている時はそんなこと関係無い。わたしの全部を使って大好きを伝えることができるんだよ』


 そして、その信頼も、絆も、一人の人物が関係している。

 その人物のようになりたいという小さな願いが、取り返しのつかない大きな混沌を産み出している。




『わたしは……あーちゃんのように、いつでも、何処でも、大好きを伝えられる訳じゃない』




 月城紅音──。俺たちの幼馴染であり、俺の一番大切な人。

 紅音はいついかなる時も俺たちに『大好きだよ』と言葉で愛情を伝えてくれていた。優しい笑顔で、暖かい言葉で、俺たちが小さい頃からずっと。ずーっと伝え続けていた。


 涼香の好意は紅音のように真っ直ぐではない。いや、ある意味では紅音よりも真っ直ぐだけれど、絡まった糸のように捻れ歪んでいる。だからこそ、その好意はやがて自分の中では抑えきれないくらい大きく膨れ上がり、暴走する列車のように歯止めが効かなくなった。

 控えめな性格の涼香は言葉で伝えられない代わりに、身体を使うようになったのだろう。全ては紅音のように俺たちに『大好き』の気持ちを伝える為に。




『ともくんも、かずくんも、そしてあーちゃんも。みんなみんな、わたしの大好きな人。信頼している人。この世で誰よりも何よりも大切な人。だからわたしは大好きを伝えて続けなければいけないんだ』




 一度それで満足してしまったら、もうこの手段しか選べなくなってしまった。

 元より言葉で伝えることが苦手な涼香が俺たちに『大好き』を伝え続けるにはこれしかない。その思いだけで十分だと俺がいくら言葉で伝えようと、涼香にとっての絶対は言葉ではなく身体を重ねること。だからあの夜、涼香は取り乱して怒りを露わにした。


 涼香の好意はいつから依存に変わっていたのだろう。

 俺と和也でなければダメだと言うように、底なし沼のような依存がその身を、心を沈めていく。そして涼香に恋をしていた和也にはその誘いを拒むことは出来ない。甘い匂いに釣られてやってきた虫を食らう食虫植物のように和也の想いごと絡め取った。




『それだけじゃ……ダメなんだよ!! 足りないんだよ……っ!! わたしの大好きは、想いだけで満足して貰えるようなものじゃダメなのッ!!』




 俺の知っている涼香と今の涼香は同じだけど別人だ。

 どうして涼香がこうも変わってしまったのか。それは考えずとも分かる。きっかけは間違いなくあの事件(・・・・)だ。

 俺と和也と涼香と、そして紅音。俺たちのこれから(・・・・)が大きく変わってしまったあの事件。涼香がこうなってしまったきっかけを作ってしまった全ての原因は()にある。


「……ともちん?」


 目を開けて声のした方向へ視線を向けると、心配そうな顔でこちらを見る結羽と目が合う。


「何かな?」


「……すごく思い詰めた顔をしてるよ」


「そうかもしれないね」


「かもって……他人事だね。自分のことなのに。何を考えているのか分からないけれど、それはうちらには話せないことなの?」


 結羽は本気で俺のことを心配してくれているのだろう。その優しさと気遣いが心に染みる。だが、この話をすることはできない。俺の──俺たちの過去に大きく触れる話になるからだ。


「そうだね。少なくとも俺の意思だけじゃ話せない」


「じゃあ友樹くん。一つだけ教えてくれませんか?」


 愛桜が話に割って入ってくる。話を遮られたことに結羽は怪訝そうに眉を顰めたが、それに対して特に何も言ってこないのを見て俺は口を開く。


「なに?」


「それは昼間のことが関係しているんですか? 涼香ちゃんをナンパしたあの男の人たち、友樹くんのことを知っている様子でしたよね」


「……」


 昼間の件を持ち出されてしまったら誤魔化しようがない。俺はこくりと頷いて肯定する。


「そうだね。関係あるよ」


「あの人たちと何があったんですか?」


「質問は一つだけのはずだよ、愛桜。これ以上は何も言わない」


 思わず冷たく突き放すような言い方をしてしまい、ハッとして愛桜の表情を伺う。そんな俺を見て愛桜は『大丈夫です』と言うように静かに首を振ると、俺の不安を取り除くためか、いつも通りのあたたかい笑顔を浮かべた。


「そうですか。なら何も聞きません。これ以上は本来の話から大きく脱線してしまいますからね」


「……うん。ありがとう。それと、ごめんね」


「良いんですよ。込み入った事情があるのは分かりますので」


 こういう時、愛桜の洞察力の高さには本当に救われる。心の中でもう一度だけ謝罪をし、俺は気を取り直して話を元の路線に戻すことにした。



to be continued

次回の更新は『4/13 21時』です。

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