第153話『遅れる二人』
瑠璃からのメッセージを貰ってからすぐにお風呂の準備を始めた俺と結羽が待ち合わせ場所に向かうと、そこには既に瑠璃と愛桜の姿があった。二人は俺たちが歩いてくるのに気づくと、揃って満面の笑みで迎えてくれた。
「あとは和也さんと涼香さんだけですわね」
「ねぇねぇるりりん。ディナーはどんなものが出るの?」
「ビュッフェ形式になっていますので、好きな物を好きなだけ食べてくださいまし。どれも一流のシェフが最高の味に仕上げてくださっています。きっと……いえ、絶対に満足して頂けると思っておりますわ」
「はいはいっ! 瑠璃ちゃん! 私美味しい肉料理が食べたいですっ!」
「そんな愛桜さんには、シェフが目の前で焼き上げてくれる、最高級部位のシャトーブリアンを使ったステーキをオススメしますわ。口に入れた瞬間溶けますわよ」
「溶ける!! 溶けるお肉!! 食べます食べます絶対食べますっ!!」
「デザートも期待して良いのかな?」
「ふふっ。友樹さんはメインよりもデザートが気になるみたいですね。もちろん友樹さんの期待に確実に応えてくれますわよ。例えば──」
和也と涼香を待つ間、ディナーの話で盛り上がる。正直もうお風呂そっちのけで食べに行きたいくらいだ。こんな機会は滅多に無いから本当に楽しみで仕方ない。
わいわいとディナーの話に花を咲かせて期待度を高めていく俺たち。ふとスマホを見るとラウンジに到着してから15分くらい経っていた。話の盛り上がりはとっくに最高潮を迎えており、あとは徐々に失速していくだけ。俺だけではなく、他のメンツもいつまで経っても姿を見せない和也たちに疑問を抱き始めていた。
「さすがに遅いです。もしかして二人ともメッセージに気づいていない?」
「愛桜さん、私もそう思ってメッセージを確認してみたんですけど、既読はちゃんと人数分付いているんですの」
「ええ? じゃあラウンジが分からなくて迷っているとかですか?」
あたふたする愛桜。辺りをキョロキョロしながらスマホを確認する姿は正直言って面白い。ここは心配するのが普通かもしれないが、俺の中にある可能性の一つがその感情を上書きしていた。
あくまでも可能性ではあるが、もしその通りなのだとしたらはっきり言って心配するだけ無駄。むしろ別のことを心配する必要が出てくる。だが、何にせよ今考えても仕方ないことだ。どうせすぐに分かる。今は適当に場を繋いでおいてあげのが優しさというものだろう。
「有り得るね。確かあそこの角を右に曲がったら即死トラップがあったと記憶しているよ」
「ほえ」
そんな俺のぶっ込んだ発言に、みんな揃ってポカーンと口を開けるが、順応性の高い結羽が真っ先に乗ってくる。
「あったね。しかも道中の敵はデバフに状態異常のオンパレード。ここに来るまでに何度死にかけたことか」
「加えて物理無効、魔法無効と耐性もエグい」
「……ちょっとお待ちなさいまし。私の家が経営する最高級ホテルを高難易度ダンジョンにしないでくれませんこと?」
ジト目で俺と結羽を睨みつける瑠璃。これ以上余計なことを言ったら怒りますわよ? と言いたげな雰囲気を出しているが、それで止まるようなメンツではない。次は勢いよく手を挙げた愛桜が発言をする。
「はっ。それかもしかして事件に巻き込まれた……!? さっきお風呂に人が集まっているの私見ました!!」
「お待ちなさいましっ!! 私たちの使えるお風呂は最上階ですわ。常に私と一緒に居たのにいつその光景を見たって言うんですの!?」
「そういえば蒼明さんの姿が見えない。まさか……」
「お父様を勝手に殺さないでください友樹さん?」
「翡翠さん……っ。良い人だった……」
「お母様まで!?」
そんな感じでギャーギャー騒いでいると、廊下の方から慌てた様子でやって来る二人組の姿が視界に映る。俺の視線の動きで和也と涼香が来たことを悟った愛桜は会話を止めて振り返った。
「悪ぃ。ちょっと色々していたら遅れちまった」
「ごめんね、みんな……。ふぅ……」
ラウンジまで走ってきたからか、二人の額の辺りには薄らと汗が滲んでいた。そしてそれだけではない。着ている服も若干乱れており、慌てて着替え直したような印象を受ける。つまるところ──
「……やっぱりそっちの可能性だったか」
「何がです?」
ひっそりと呟いたつもりだったが、隣にいた愛桜にはしっかりと聞こえていたらしい。
「ううん、こっちの話。あまり気にしなくていいよ」
「? そうですか。分かりました」
それからすぐに俺たちは他愛ない話をしながらお風呂へと向かった。
to be continued
次回の更新は『4/1 21時』です。