第149話『嘲笑』
Another View 和也
「──死ぬのはてめぇだよ」
涼香と愛桜に暴力を振るおうとした男の死角をついて懐に潜り込んだ俺は、腕を掴んだ後にそのまま力任せにそのデカい図体を投げ飛ばした。
一応骨折はしない程度に力加減をしてあげたが、受け身もろくに取れないまま地面に叩きつけられた男はくぐもった声を漏らす。一緒に居た他の男たちもすぐに状況が理解出来ずに唖然としていたが、俺が睨みつけると急に我に返ったのか、怒りを露わにして喚き散らし始める。
「何しやがるてめぇ!!」
「こんなことしてタダで済むと思うなよガキが!!」
小物臭しかしないアニメや漫画のようなセリフ。ただ声がデカイだけで微塵も怖さを感じない。普通の人ならば萎縮してしまうだろうが、この程度のことで俺が怯むことは決して有り得ない。むしろ怒りの感情が噴火間近の火山のようにグツグツと煮え滾っていた。
「あ? それはこっちのセリフだよ。てめぇらこそ俺の連れに手を出してタダで済むと思ってんのか? 今やろうとしていたことをそっくりそのままてめぇらに返してやってもいいんだぞ」
「ッ!?」
威勢がいいだけでイレギュラーなことに慣れてはいないのだろう。少し脅しただけで男たちの表情に焦りの色が見え始めていた。
「こ、こいつ絶対ヤバい奴だぞ。今のうちに引いた方がいいんじゃないか? それにあの女のことがやっぱり引っ掛かるんだよ!!」
……あの女?
気になる言葉に引き腰の男の視線を追うと、その先に居たのは──涼香だった。交友関係が広いとは決して言えない涼香のことを知っている理由はなんだ? 今の言い方的にハッキリと覚えているわけではなさそうだが……何か引っ掛かる。
「女のことなんて今はどうでもいいだろ!! こんなコケにされて黙ってなんかいられるかよ──ッ!!」
「馬鹿やめろ!!」
仲間の制止を振り払った男が俺に殴り掛かってくる。考えることを中断して俺は目の前のことに集中する。
頭に血の昇ったがむしゃらな拳なんて避けるのは容易い。軽く身体を横に逸らしただけで、恐らく全力で振るわれたであろう男の一撃は空振りに終わった。
「クソが!! 舐めるんじゃねぇぞ!!」
すると今度は最初に砂浜に叩き付けた男が立ち上がって突進してきた。手加減したとはいえ、すぐに動けるほど手を抜いたつもりはなかったのだが大した問題では無い。殴り掛かって来た男の拳を躱すのと同じ動きで難なく突進を回避する。
「……」
一人は戦意喪失しているようなものだがら実質2対1か。
負けるつもりは無いが、涼香と愛桜を守りながら戦うのは少々骨が折れる。
さてどうしたものかと考えている間にも男二人は俺に迫ってきていた。
一人分の拳は貰う前提に、確実に一人仕留めるのが良いかもしれない。倒されないように下半身に力を込めて構えを取る。ほぼほぼ同時に二人の拳は俺に届くだろうが、右の奴の方が若干動きが遅い。ならば俺が狙うのは左の奴だ。
「くたば──グハッ……っ!!」
ほんの一瞬速く繰り出した拳が左の男の頬を捉える。そして俺が拳を引くよりも速く、もう一人の拳が俺に届くだろう。これから来る痛みに備えて歯を食いしばった。
「──いやいやいや、何当然のように食らおうとしてるのさ」
──が、来るはずの痛みの代わりに、腹の底で暴れ回る笑いの衝動を押し留めるよう声が俺の耳に届いた。
to be continued
次回の更新は『3/20 21時』です。