第142話『灼熱のビーチバレー ④』
「──許さない許さない許さない許さない……絶対に許さないですわ……」
呪詛のように呻く瑠璃からはおぞましい程の黒いオーラが溢れ出ていた。
身内ですら凍りつきそうになるほどの殺気に、俺たちの戦いを見守ってい観客たちは皆戦慄し、まるで金縛りにあったかのように誰一人として動けない状態になっている。
サーブ権は結羽のまま。いつでも攻撃が出来る状態なのにそれをしないのは、決して目覚めさせてはいけないモノを覚醒させてしまった自覚があるからだろう。
「あの、友樹くん……? 黒瑠璃モードは確か、凶器を持っている時限定じゃなかったんですか……?」
「うん……まぁ、限定条件を満たしてなくても普通に怒るでしょ。あんなことされたら」
同じ立場だったら戦いをそっちのけでボコしてる。間違いなく。相手が女の子であろうと関係無い。戦争だ。
そう。これはもはや、ビーチバレーというスポーツではなく、血を血で洗う戦争と言っても過言ではない。つまり、今の瑠璃はビーチに佇む兵士なのだ。
「……悲しいものですね。どうして人は争わないといけないんです?」
「庇おうとした俺を止めてトドメの一撃を容認した人の発言とは思えないね」
「それはそれ。これはこれです。でもいいじゃないですか。結果オーライっていうやつです。今の瑠璃ちゃんを見ていたら負ける気がしません」
「その意見に関しては激しく同意だね」
己を侮辱した者への復讐に命を燃やす黒きオーラを放つ最凶の兵士。復讐を遂げるまでその炎は燃え尽きることは無いだろう。まさか結羽とこんなところでお別れになるとは思ってもいなかったが、これもまた運命というやつに違いない。
「まぁ、こう言っちゃあれだけど、これは結羽の自業自得だよ。多分、瑠璃を早々に退場させて優位に立とうとしたんだろうけど……完全に裏目に出たね」
「そもそも人数を減らそうという考えが、正々堂々の真剣勝負! って言ってた自分の発言を真っ向から否定していますよね……」
「結羽らしいと言えばらしいけど」
「ですね。なので無様に散って貰いましょう」
友達の悲しい未来が決まったところで結羽がボールを高く上げた。
狙いは俺か愛桜かのどちらか──いや、違う。結羽の目線の先にいるのは瑠璃だった。逃げることなく闘いを挑んだことに関しては素直に賞賛の拍手を送りたい。
「────ふんっ!!」
恐怖を打ち消すように力強く放たれたサーブ。最初のような小細工無しの本気の一撃だ。
「瑠璃……!?」
しかし、瑠璃はその場からピクリとも動かない。迫り来るボールを見据えたまま立ち尽くしていた。何か狙っているにしても、このままでは顔面直撃は免れない。これから起こる惨事から目を背けようとしたその瞬間、目を疑うようなことが起きた。
「────ッ」
確実に瑠璃の顔面を捉えていたはずのボールが、今度は結羽の元へ返っていく。まるで反射したようにも思えるその軌道に驚愕したのは俺だけではない。
「馬鹿な!?」
「どういう原理です!?」
「……!?」
各々驚愕の反応を見せる中、結羽だけは比較的冷静さを保ったままボールを受けた。
「いっ……!?」
が、その威力は想像よりも遥かに上だったらしく、苦痛の表情を浮かべて結羽はレシーブした。仲間内で回せれば理想だったかもしれないが、あの威力のサーブをまともにコントロール出来るほど結羽はバレーボールに長けてはいない。大きく山なりに俺たちのコートに戻ってくる。
「愛桜。瑠璃に繋げるよ」
「合点ですっ! 瑠璃ちゃん……殺っちゃってください♪」
「言われなくても……」
回したトスを愛桜がタイミングを図って上げた。
落下してくるボールに合わせて跳躍した瑠璃はナイフのように鋭い視線を結羽に向ける。
「──結羽さんは確実に殺りますわ」
瑠璃の感情とリンクしている冷酷なスパイクは、圧縮した殺意となって結羽の命を刈り取らんと迫る。
「殺られる……かぁ!!」
対して結羽。おそらく先程同様にコントロールは不能だが、きちんと受け止める構えを取った。それを見た瑠璃は不敵に笑う。
「──いいえ。終わりですわ」
「……え? ……っ!? この回転は!?」
気づいた時にはもう遅い。レシーブしようとしていた結羽の腕に当たったボールは、その勢いを更に加速させ結羽の顔面に跳ね返った。
「前回転……ぎゃふぅ!?」
前回転を掛けたボールは着弾と同時に加速する。
それを真っ向から受けた結羽は綺麗に吹き飛んだ。
「まだまだ終わらせませんわよ」
仰向けに倒れる結羽に、瑠璃は冷たく告げるのだった。
to be continued
次回の更新は『2/27 21時』です。