第141話『灼熱のビーチバレー ③』
「──よし。じゃあ始めよっかみんな」
作戦会議を終えた後、海の家でビーチバレーのセットを借りてきた俺たちは切磋琢磨して設置を完了させた。流石に貸し出しを行なっている物とはいえ滅多に借りる人間は居ないのだろう。俺たちが設置をしている間に興味本位で人が集まっていた。
「観客もいるし熱い戦いを繰り広げることが出来そうだな」
「わたしは注目を浴びて恥ずかしいよ……」
ウキウキしている和也とは正反対に、涼香はソワソワとどこか落ち着かない様子。しかし戦いが始まればそうこう言っていられない。深呼吸を繰り返して涼香は心を落ち着かせている。
「先行はジャンケンで決める感じでいいよね?」
「いいよ。じゃあ──瑠璃。任せていいかな?」
「私ですの? まぁ友樹さんがそう仰るなら任せてくださいまし」
藍色の髪をサッと掻き上げて瑠璃が前に出る。
「じゃあいくよるりりん。じゃーんけーん……ぽん!」
結果は──結羽がパー。瑠璃がグー。
残念ながら先行は取れなかったが問題は無い。俺たちはあくまでも守りがメイン。攻撃権を先に譲って結羽たちの出方を伺うのも必要なことだ。瑠璃もそれが分かっているから結羽たちに見えないようにピースサインを送ってきた。
互いにコートに移動して配置につく。どうやらサーブをするのは結羽らしく、指先で器用にボールを回して挑発していた。しかし、そんな安い挑発に乗るような俺たちではない。
「サービスエースは取られないように注意しよう。しっかりと受け止めて相手の指揮を上げさせないようにね」
「了解ですわ」
「はいです」
その瞬間、集まっている観客の視線が動く。結羽がボールを上げたからだ。
流れるような動きでその場でジャンプをし、手の甲を上手く使って結羽はサーブを放った。
「瑠璃」
「了解ですわ」
思っていた以上に速度が出ていない。これならば対応は簡単だ。
ボールの軌道上に瑠璃が回り込む。着地地点を見極めてレシーブの準備を整えるがここで思わぬ事態が起きた。
「……え、落ち……っ!?」
急速にガクンと落ちるボール。野球で例えるならばチェンジアップ。
想定していた位置とは違う位置に落ちたことで瑠璃が砂浜に飛び込むようにボールに食らいつく。その甲斐があってか、すんでのところでボールを拾い上げることができた。
「くっ……」
きちんとした形でレシーブを行えなかったことでボールがコート外に飛んでいき、瑠璃は顔面から砂浜に突っ込んだ。『グボッ!』と女の子らしからぬくぐもった声が聞こえたが構っている余裕は無い。
ボールの軌道が山なりになってくれたことが幸いした。愛桜に繋げることは難しいと判断した俺はそのまま相手のコートにボールを送り込む。
「友樹くん!! 急いで戻ってください!!」
「分かっている!!」
戻る時間を考慮してなるべく高めに上げたが、俺がコートに戻るよりも早く当然ボールの方が結羽の元に届く。パス回しはせずにワンタッチで結羽はボールを返してくるだろう。
「喰らえ──ッ!!」
……と思ったのだが、結羽はようやく起き上がろうとしている瑠璃に向けてスパイクを放った。
「へぶしっ!!」
ボールは見事なまでに瑠璃の頭に直撃。先程よりも深く頭が砂浜にめり込む。
「すごい痛そうですけど……瑠璃ちゃん、ナイスレシーブです!」
レシーブ……と言っていいのか分からないが、当たり所が良かったらしく瑠璃の頭に直撃したボールは真上に打ち上がる。
瑠璃には申し訳ないが、俺が愛桜にトスすれば3点獲得のチャンス。守りをメインでいくとはいえ、得点に繋がる場面を逃す理由は無い。
「……!」
アイコンタクトは一瞬。それで俺の意図を理解した愛桜は助走をつける。
「愛桜。任せたよ……っ!」
「了解……ですっ!!」
完璧なタイミングのトスと愛桜の跳躍。しならせた腕が自由落下していくボールを捉えると、ズバンッと爆発するような音を立てて一直線に飛んでいく。しかもその位置にはちょうど誰も居ない。
「させ……るかぁぁ!!」
しかし一筋縄にはいかない。
ボールを打ち込んだ角度から着地地点を予測した和也が滑り込んでボールを高く打ち上げた。
「涼香……!」
「うん! 鳴海さん……っ!」
和也のレシーブを受け取った涼香はそのまま結羽にトスをする。
何処を狙ってくる? それを確認する為に結羽を見る。その目線の先はよろよろと立ち上がる瑠璃に向けられていた。
「よくもこの私をコケにし……」
「そんなこと言っている場合じゃないよ瑠璃! 構えて!」
「ほえ? 何を言──どぶしぃ!?」
今度は頭ではなく顔面にボールが直撃。瑠璃は仰向けに倒れ、跳ね返ったボールはそのまま相手コートに返っていく。3点攻撃を防ぐことが出来たのを喜ぶべきかとても悩ましい状況だった。
「次は外さない……!!」
「十分当たっているし、これ以上はオーバーキルだよ!?」
「点が入るまでは狙い続ける!!」
「待て待て待て。瑠璃に何の恨みがあるのかな!?」
跳躍。倒れた瑠璃に向かって結羽はスパイクを放つ準備を整えた。
このままでは瑠璃が退場する恐れがある。即座に瑠璃を守ろうとしたその瞬間、この場において最も不適切である、爽やかな笑顔を浮かべた愛桜が俺の腕を掴んだ。
「1点くらい問題ないです♪ 体力を温存しましょう!」
「鬼かな?」
なんて会話をしていればもう間に合わない。アーメン、瑠璃。
さすがに威力は段違いに弱まっていたが、またしても瑠璃の頭に向かって放たれたスパイクにより俺たちは先制点を許すことになってしまった。
to be continued
次回の更新は『2/24 21時』です。