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嘘と約束の鎮魂歌  作者: 心音
春の章
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第11.5話『回想 ③』


「今日はみんなでショッピングモールに行こっか」


 いつものように自然公園に集まっていた俺たちに、紅音はそんな提案をしてきた。各々やりたいことをやっていた俺たちはその手を止めて紅音の方へ顔を向ける。


「ずっとここにいてもいいけど、熱中症になったら大変だからね」


 ちょうど逆光になる位置に立っている紅音の表情は、こちら側からだと眩しくて伺えない。けどきっと、この暑さをものともしないくらい涼しい顔をしているのだろうと何となく察した。


 梅雨が明けて本格的に夏が近づいてきていた。天高く昇っている太陽の光がジリジリと肌に照りつけ、顔やら背中やらにはじんわりと汗が滲んでいる。紅音の言う通り、このままこの場所に居続けるのは体力的にも厳しい。


 木陰で読書をしていた涼香が機敏な動きで立ち上がる。普段は俺たちの行動を見てから動き始める彼女が真っ先に行動を起こしたということは、それほどまでにこの暑さに参っていたという証拠だ。

 額に滲んでいた汗を腕で拭い、ウエストポーチを腰に巻いて俺も立ち上がる。


「……っ」


 長時間座っていたことか、はたまた暑さが原因か。立ちくらみをしてしまったようで視界がぐるんと揺れた。目の前が真っ黒になり、平衡感覚が無くなった。

 やばい、倒れる──そう思った瞬間、揺らぐ思考の中でもハッキリと分かるくらいひんやりとした手が俺の腕を掴み、刹那甘い林檎の香りに包まれる。


「危ないところだったね、ともくん」


「……ありがとう、助かったよ」


 倒れかけた俺を支えてくれたのは紅音だった。少し離れたところに立っていたはずなのに、俺の危機を察して颯爽と抱き留めてくれたのだろう。


「立ちくらみかな? 大丈夫? もう一人で立てる?」


「ごめん。もうちょっとだけ支えてくれると嬉しい」


「うん。いいよ」


 頷いた紅音は、自分の胸に俺の顔に押し当ててギュッと抱きしめる。

 流石にそこまでしてくれなくても大丈夫なのだが、まだ発展途中であろう膨らみが俺の口を塞いでいるせいで声を発することが出来ない。


「イチャついているなぁ、二人とも」


 からかうような口調で声をかけてくる和也。同時に涼香がクスクスと笑う声も聞こえてきた。

 別にイチャついてる訳じゃないと反論したくても口が動かせない。どうしたものかと考え始めたところで、頭の上に笑い声が落ちてくる。


「ふふっ。かずくんとすずちゃんはともくんが羨ましいのかな?」


「な!? ち、ちげーよ。大体そういうことは好きな人同士でやることだろ」


 慌てた様子で和也が反論するが、紅音は何も動じていないようでもう一度笑った。


「好きだからやっているんだよ」


 好きという言葉に、とくん──と、心臓が高鳴った。でもすぐに冷静になる。紅音の好意は俺だけに向けられているものではないと知っているから。


「ともくんだけじゃない。かずくんとすずちゃんのことも好き。わたしはみんなのことが大好きだよ」


 いつだって紅音の感情は地平線のように何処までも真っ直ぐだ。

 どんな想いも、どんな言葉も、曲がることなく一直線に俺たちの胸に届く。


「ほら、二人もおいで?」


 紅音の抱擁が緩む。きっと二人を迎えるために大きく腕を広げたのだろう。それでも俺は紅音の胸にうずくまったままでいた。紅音に触れているこの時間はとても安らぐから。

 それからすぐ、俺の左右に温もりが生まれる。和也も涼香も、紅音が大好きなのだ。


「みんなもわたしのこと、好き?」


 そんな紅音の問い掛けに、俺たちは同時に首を縦に振る。


「もちろん」


「俺も紅音のこと大好きだぜ」


「わたしもだよ、あーちゃん」


「ふふっ。嬉しい。大好きな三人から大好きって言って貰えて、わたしは幸せだよ」


 背中に回ってきた腕が再び俺を抱きしめる。

 あたたかくて、安らかで、心地よい。大好きな人の、大好きな温もりは、俺たちの心を満たしていく。


「ずっと、ずーっと、大好きだよ」


 こんなにも優しい愛情に包まれて、こんなにも嬉しい言葉を紡いで貰えて、そしてその全てに嘘が無くて──俺たちも幸せ者だ。



to be continued


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