第135話『涙の理由』
Another View 涼香
「……ちょっと買いすぎちゃったかな」
遊ぶことよりも食べることをまず優先したわたしは海の家で両手いっぱいの食べ物を抱えていた。
焼きそば、カレーライス、焼きとうもろこしetc.....もちろん一人で食べるつもりは無い。褒め言葉で嬉しさのあまり気を失ってしまった九條さんとその主犯であるとも君と一緒に食べるつもりだ。みんな一緒に遊ぶことになるまでの間は食べることに専念する。折角海に来たのにって思うかもしれないが、楽しみ形は人それぞれ。文句を言われる筋合いは無いし、何よりこれくらいのことで文句を言うみんなでは無い。
漂ってくる美味しそう香りに胸を弾ませ、摘み食いをしたくなる衝動を抑えつつ二人の元へ足を進める。
海の家からちょっと遠い位置に場所取りをしてしまったから、危うく迷子になりかけたが、少し先の方に九條さんの藍色の髪が見える。どうやら目を覚ましたらしく、その場に体操座りをしてぼんやりと海を眺めているようだった。
「……?」
それ自体は別に気にしないのだが、わたしは九條さんの近くにとも君が居ないことに気づいた。九條さんが目を覚ましたから他のみんなと合流したのかなと思ったが、わたしが戻って来ないうちに九條さんを一人にするようなことを、優しいとも君がするはずがない。
トイレにでも行ったのかな? そんなふうに考えながら歩いていたわたしだったが、九條さんの体が小刻みに震えていることに気づく。その瞬間、わたしは自分でも驚くほどの声をあげて、九條の元へ駆け寄っていた。
「ど、どうしたの九條さん……!?」
そんなわたしの声に九條さんも驚いたらしく、ほとんど反射的に振り向いた。
「なんで……泣いているの?」
「っ! 泣いてなんかいませんわ。ちょっと目にゴミが入っただけなんですの」
誤魔化すように九條さんは両手で顔を隠すが、赤くなった目尻と頬を伝った涙の跡をわたしはハッキリと見てしまった。目に見えた事実を隠そうとするのを見れば、さすがのわたしだってあまり触れてほしくないことなんだと察することはできる。とも君がこの場にいないことも何か関係しているのだろう。
どうするべきか悩んだ末、わたしはとも君を探しに行くのではなく、泣いている九條さんの傍に居ることに決めた。無言のままレジャーシートに腰を下ろすと、海の家で買ってきた焼きそばを二つ取り出す。そのうちの一つをもぐもぐと食べ始めると、匂いと音に釣られた九條さんは顔を覆っていた手を下ろし、わたしの方に顔を向けた。
「九條さんも食べる?」
視線を合わせることなくわたしは問いかける。きっとまだ顔を見られたくはないだろうから。
九條さんは少し考え込む様子を見せた後に口を開く。
「……いただきますわ」
その返事を聞いて、わたしは膝の上に乗せていた焼きそばのパックを九條さんに手渡した。受け取った九條さんはパックの蓋を開けると、おぼつかない手つきで割り箸を割る。そして、わたしとは違い少量の麺と野菜を摘むとゆっくり口に運んだ。
「美味しいですわ」
「良かった。他にも色々あるから遠慮なく食べてね」
それから二人で黙々と焼きそばを食べ進める。わたしがちょうど食べ終わり、次は何も食べようかなと考え始めたところで九條さんは箸を置いた。
「何も聞いて来ないんですのね」
「話したくないことを無理に聞くのは嫌だから。聞いて欲しいなら聞くけど」
次はたこ焼きを食べようと袋から取り出すと、九條さんはふふっと笑う。
「友樹さんと同じで涼香さんも優しいですわね。さすが幼馴染と言ったところでしょうか」
「……関係ないと思うけど」
同じ幼馴染だからと言って、根本的なところが似る訳ではない。
わたしはとも君と違って──良い子では無いのだから。
「知ってしまったんですの」
話の切り出しは唐突。身構える余裕すら無いまま九條さんは何を知ったのかを口にする。
「私が太陽に近づくにはあまりにも遠すぎるってことを……知ってしまったんですわ」
「……太陽?」
比喩表現として使ったのだろうけど、例えが分からなさすぎてわたしは首を傾げる。けど九條さんはそんなわたしの様子には気づいてないらしく、遠い目で海を眺めながら話を続けた。
「過ごしてきた時間も距離も。築いてきた関係も。私がどれだけ求めろうとしても到底届かない」
「ごめん、九條さん。話の腰を折るようで悪いんだけど何の話をしているの?」
堪らず問い掛けると、九條さんは再びこちらを見た。
そして、わたしの予想を大きく上回る人物の名前を口にした。
「──月城紅音さんのことですわ」
to be continued
次回の更新は『2/6 21時』です。