第129話『絶対条件』
愛桜と涼香の仲直りを兼ねた買い出しを終えた二日後。日が昇り始めた時間帯に集まった俺たちは、これから始まる楽しい時間に胸を弾ませながら旅行の目的地へ電車を使って移動を始めていた。
櫻美崎街は四方八方が山で囲まれている街だが、電車の窓に流れる景色は普段はあまり見ることの出来ないビル群やらなんやら。普段はあまり見ることのない景色に、遠出をしているんだなという実感が湧いていて、窓に映る自分の表情は明らかに浮かれていた。
「──とも君、楽しそうだね」
窓の外に見える景色から正面に座る涼香へと視線を移す。
無表情でいることの多い涼香も、今日という日に限っては表情筋が和らいでいる。
「まぁね。普段は街から出る用事もほとんど無いから新鮮だよ」
「遠出をするのは去年の夏以来だもんね。今年は星ノ宮さんも加わって楽しくなりそう」
「ちゃんと愛桜と仲直りも出来たからね」
「うん。仲直り出来て良かったよ。これでとも君とかず君に心配かけることも無くなるからね」
「? そうだね」
妙に含みのある……というより、どこかズレた回答だったがあまり気にすることなく俺は話を進める。
「愛桜は友達同士の旅行は初めてみたいだし、思い出に残るような楽しい時間にしたいね」
「わたしもたくさんの思い出を作りたいと思っているよ」
あの夜の出来事が嘘に思えるくらい二人の関係は良好に戻っていた。
ひとまずは安心といったところだが、もしもまた同じようなことが起きてしまったら、その時は今回以上に面倒くさいことになる。それは愛桜も分かっているだろうから二度と同じ失敗はしないはずだ。まぁ、俺の方も注意するに越したことはないだろう。
会話に区切りがついたところで再び窓の外へと視線を移した。
この新鮮な都会の景色を思い出の一つとして目に焼き付けておきたかったからだ。でもすぐに俺は涼香の方へ視線を戻すことになる。
「……本当は怖かったんだ」
それは俺にだけ届く声で漏れ出た涼香の本心。
涼香の周りだけ異様に冷たい空気が流れているのに、他のみんなはそれに気づいていない様子で今日これからのことを話して盛り上がっていた。
「怖くて……堪らなかった」
「……っ」
どくん──と、心臓が大きく跳ねた。
同時に理解する。俺が見ていたのは涼香の外面だけであって、内面を全く見ていなかったということに。そしてそれは恐らく、あの愛桜ですら気づいていない。
「だって、そうだよね──」
俺の嘘を見抜く力を持ってしても、それが嘘でないことになってしまうのだから。
「──星ノ宮さんと仲直りした振りをしないと、とも君やかず君と一緒に居られなくなっちゃうから」
愛桜に対する激情はこれっぽっちも収束などしていない。
それはまるで海底火山のよう。水面は穏やかに見えても、目に見えない部分は怒りがグツグツとマグマのように煮えたぎっている。
けど、感情が爆発せずに済んでいるのは、涼香にとってかけがえのない大切な存在である俺と和也が居るから。俺たちに迷惑を掛けたくないという気持ちだけが、涼香の感情を押さえ込んでいる。
仲直り出来て良かった──。
俺や和也を心配させないために言ったのであれば嘘にはならない。
例え、本心では愛桜のことを嫌っていようが、その先の目的さえ達成していればそれでいい。
たくさんの思い出を作りたい──。
それは愛桜以外のみんなとたくさんの思い出を作りたいということだから嘘にはならない。
「わたしは、とも君とかず君が居てくれるならそれでいい。二人と一緒に居られるのであれば、なんだって出来るし、いくらでも我慢出来る。だって──」
「……」
涼香の好意の大半は俺たちへの信頼で成り立っている。
『涼香のはそういう感情じゃねーんだよ。ある意味、恋愛感情よりもタチが悪い』
でも、その根底にはあるのは信頼では無い。
それが涼香に根付いているモノの正体。
『涼香にとって俺と友樹はそういう存在なんだよ。どちらかが欠けただけで多分どうしようもならなくなる』
信頼よりも深く、好意に似ているが、恋愛感情にはならないモノ。
それは──
「──わたしはとも君とかず君のことが大好きだから。絶対に離れたくない。離れるつもりはない。わたしはこの先ずっと、永遠に、二人の傍にいるよ」
それは──依存だ。
絶対的な依存体質。それが涼香が抱える闇。
この闇をどうにかしない限り、和也の恋が叶うことは無い。
依存先を俺と和也の二人ではなく和也一人に。そして依存自体を恋心に変化させることが、和也の恋の成就への絶対条件なのだ。
to be continued
次回の更新は『1/19 21時』です。