第125話『夏の計画』
「──ねぇねぇ! ともちんこれは好き!?」
洗濯物と洗い物を済ませ、シャワーを浴びて汗を流してからソファーに寝転がり、スマホを弄りながらゆっくりと一人の時間を楽しんでいた俺の元に、慌ただしく結羽がリビングに駆け込んできた。
こんな時間にドタバタしたら下の住人に迷惑だとか、どうやって鍵を開けて入ったのかとか、そもそもなんでそんなに興奮気味なのかと疑問が絶えない。優雅な時間を邪魔された腹いせに、このまま無視をしても良いかなと思ったのだが、ねぇねぇねぇねぇと壊れたラジオのように呼ばれ続けるのに嫌気が差した俺はため息を吐きながら顔を上げる。
「……!?」
目の前に飛び込んできた結羽の姿に俺は目を奪われた。というより、思考回路が完全にフリーズした。
唖然とする俺に結羽はとびっきりの笑顔を浮かべ、最初に問いかけて来た時よりもテンション高めに。そして今度はきちんと主語を挟んで訊ねてくる。
「ね! ともちんはこの水着が好き!?」
グラビア雑誌の女優のような決めポーズを取る結羽の姿はどういう訳か水着だった。
少し透けているヒラヒラとした水色のフリルの付いた藍色が主体のセパレートタイプの水着。落ち着いた色合いとデザインの可愛さとは反対に、豊かな胸からチラリと見える谷間が大人の色気を出している。加えて、いつものツーサイドアップにしている髪を一つにまとめてポニーテールにしており、普段とは違う雰囲気が結羽という女の子の魅力を引き出していた。
「……結羽」
が、これくらいのことで取り乱す俺ではない。
冷静かつ慎重に。俺は期待の眼差しを向ける結羽と見つめ合った。不意打ちで驚きはしたものの、しっかりと理性は保っている状態。ここで慌てふためく姿を見せては結羽の思うつぼになってしま──
「──めっちゃ好き」
しかし、思考とは裏腹に言葉正直だった。
お世辞抜きで結羽はとても可愛くて魅力のある女の子。そんな結羽の水着姿を見て感情を抑え込むなんて出来るわけがなかった。
「ともちんの高評価頂きましたーっ!!」
俺の素の感想に結羽は飛び上がって喜びを露わにする。
ぴょんぴょんと跳ねる度に揺れる胸は扇情的で、思わず凝視しそうになってしまう。だが、きちんと残っていた理性がストップを掛けてくれた。
こほん。と、わざとらしい咳を一つ。理性と本能が戦いを繰り広げる中、俺は話を進めるために確認を取る。
「その水着は旅行の時に持っていく水着なのかな?」
「ご明察! 折角海に行くんだから水着はバッチリと決めないとね!」
甘狐処で練った計画は大きく分けて三つ。
一つはみんなで海へ旅行。ホテルに関しては瑠璃の特権で一般人では手の届かないくらいの高級ホテルに泊まることになっている。二つ目は夏祭り。毎年恒例の御桜丘の夏祭りに参加する。そして三つ目は花火大会。櫻美丘では花火大会は開かれないから、電車に乗って人気ランキングの高いところまで遠出することに決まっている。
「あ、ちなみに夏祭りと花火大会は浴衣を着るよ」
「へぇ、いいね。女の子の浴衣姿、俺は結構好きだよ」
「去年は私服参加だったからね。今年はバッチリと決めるつもりだから覚悟しておいてよね」
「楽しみにしているよ。和也も浴衣とか好きだから期待すると思う」
これは偏見ではあるが、アニメオタクの中に浴衣でテンションの上がらない男はいないと思っている。私服や制服と違って、特別な時にしか見れない衣装に期待しない理由は無い。
「かずやんの期待はさておき、ともちんが思わず見惚れてくれるような浴衣にするつもりではいるよ」
言いたいことは分かるでしょ? と、言うように結羽は笑みを浮かべた。
もう言わずと知れていることだが、結羽は俺のことが好きだ。夏というのは結羽が自分をアピールするのに最も適している季節と言える。それは持ち前の明るさだったり、行動力の高いところだったりと色々あるが、とにかくこの夏は今まで以上に俺にアピールを続けるつもりだろう。
これは結羽が満足するまで永遠に続く。
その満足の終着点が、今の不健全な関係から真っ当な関係に変わることなのかどうかは分からない。確かに言えることは、結羽は俺と恋人になりたいということだ。しかし、俺はそれを叶えてあげることは出来ない。結羽の気持ちに応えることは絶対に無い。
涼香の一件が無事に解決したら、そろそろ本気で結羽と向き合わなければならないだろう。底の見えない闇に落ち続けてしまえば、それこそ本当に取り返しのつかないことになる。
「……今年はほんと、大変だな」
結羽には聞こえないような声で俺はひっそりと呟いた。
to be continued
次回の更新は『1/7 21時』です。