第121話『心を惑わす理由』
瑠璃の家は広いとは言えど、秘密裏に話をする場所は限られる。バルコニーかフラワーガーデンのどちらにするかを訊ねると、和也は少し迷った様子を見せた後にフラワーガーデンを選び、涼香が倒れた場所に連れて行って欲しいとお願いされた。それにどんな意味があるのかは分からないが、それをわざわざ訊ねる理由もなく俺たちはそのままフラワーガーデンに足を運んだ。
「今夜はそれなりに冷えるな。カーディガンでも羽織ってこれたら良かったんだが」
前を歩く和也はわざとらしくぶるりと体を震わせた。
「そうだね。まぁ、上着は結羽たちのいる部屋に置いて来ちゃったから取りに行くのは無理だったけどね」
「違いない。それにしても、こんなにも綺麗なフラワーガーデンに野郎二人ってのは中々歪だよな。ドキドキもワクワクも全然しねーわ」
カラカラと笑う和也からは黒い羽根が舞っていた。ワクワクはともかく、違う意味でドキドキしているのは間違いないだろうから。
これから話そうとしていることは、俺たち幼馴染の関係性に大きく関わってくる。緊張……いや、恐れてしまうことは無理も無い。けれど和也はそんな素振りを見せることなく、あくまでも平然を装って振り向いた。
「さて、腹を割って話そうか。……なんかさっきも同じこと言ったな。立場は逆転しているけどよ」
恐れや不安はあるにしても、それを前面に出さないのは素直に和也のすごいところだろう。普通の人ならばあんな秘密が暴露された時点で冷静さを失い、今の和也のように笑ってはいられないだろう。
とはいえ、無理をしているのは黒い羽根を見れば分かる。俺は焦る必要は無いと和也に告げる。
「時間はいっぱいある。ゆっくり聞くよ」
「友樹は優しいな。でも、別に責めても構わないんだぜ。俺がやっていることは友樹にとって許し難いことだろ? 幼馴染という枠組みから大きく外れるような行為をしているんだからな」
「それを言うなら俺と紅音の関係だってそうだったでしょ?」
「恋人同士なら別にいーだろ。お前と紅音、俺と涼香じゃ全然ちげぇよ」
「関係性が変わるって意味では大差ないよ」
「友樹って変なところで理屈っぽいよな」
和也は大袈裟にため息を吐いた。それは俺の返しに対する呆れが半分。もう半分は自分と涼香の関係性を上手く切り出せないやるせなさから来ているのだろう。
俺から話を繋げていっても構わない。だが、和也はそれをあまり良く思わないだろう。この話はきちんと自分から話すことで対話として成立するのだから。
「……でもよ、やっぱり違うんだよ。恋人と……セフレみたいな関係はさ」
「セフレ、ね」
これに関して俺は正直何も言えない。
結羽のことをいつまでも隠し通せるとは思っていないが、少なくとも今はそれを和也に伝える必要性は感じない。
「友樹。涼香から誘われてどう思った? 正直に教えてくれないか?」
「驚いた。まさか涼香からそんなことを言われるなんて夢にも思っていなかったからね」
「そうだな。俺も最初はそうだった。驚き戸惑ったさ。断ろうとも思った。一度それを許してしまったら元のような関係には戻れないと分かっていたからな。でもそんな思考とは裏腹に……俺は涼香のことを求めていた」
「……」
幼馴染という身内目線を抜きにしても、涼香は可愛くて魅力的な女の子だ。そんな子から誘われたら思春期の男子からすればこの上なく魅力的なことだろう。しかし、和也も馬鹿ではない。普段の行いからそういう風に見られがちではあるが、実際の和也は知性的な一面が多い。そんな和也が一時の感情で流されるとは思えない。ならば幼馴染という一線を越えてしまうそれ相応の理由があったとしか考えられない。
「一度求めてしまったらもう泥沼だったよ。一応自制心は残っていたから俺から誘うようなことはしなかった。でも、涼香から誘われた時は自分が抑えられなくなるんだ。こんな関係はダメだって分かっていても身体が涼香のことを欲しているんだ」
そう説明しながら頭を抱える和也を見て、俺は一つの結論に辿り着いた。
「……ああ。そういうことか」
ダメだと分かっていても欲望が抑えられない。涼香の気持ちに応えたいと思ってしまう。一件、性欲を持て余しているように捉えられるがそうじゃない。それは長年の付き合いから分かることだ。
和也は善し悪しの判断はきちんと取ることが出来る。つまり、それすらも出来なくなるくらい心が乱されてしまうということ。俺も似たような経験をしたことがあるからこそ分かる。ならばもう答えは一つしかない。
「──和也はさ、涼香のことが幼馴染としてじゃなくて、一人の女の子として好きなんだね」
恋は人の心を簡単に乱してくる──ただそれだけのことだ。
to be continued
次回の更新は『12/26 21時』です。