第10話『放課後 ③』
「ところで街に出て何をするんですか? 私、まだこの街に来て日が浅いので、何があるかよく分かっていないんですよね」
俺たちの住む櫻美崎街は四方が山に囲まれている街。隣町に行くための交通手段は街を二分するように引かれている線路を走る電車だけ。街にはバスが走っているが、このバスはあくまでも街のアクセスをよくするためだけで外に出ることはできない。
一見不便そうに思えるかもしれないが、街の中心部にある御桜ショッピングモールという大型の施設に行けば、衣食住はもちろん、娯楽も一通り揃っている。駅前には医療施設が充実しており、街を出ずとも生活が出来るのだ。
「るりりんの家でご飯じゃなければ甘狐処でお茶をしても良かったんだけどね」
甘狐処は俺たちがよく通っている甘味処の名称。和風ゴスロリの制服と美味しい抹茶が自慢のお店。値段も学生の懐事情に優しく、店員のノリが良いからお茶だけじゃなくて会話も楽しめる。
「じゃ、じゃあとりあえず、星ノ宮さんの為に街の案内をしてあげようよ」
そんな涼香の提案を結羽がすぐに拾い上げる。
「すずちーの案にうちは賛成。案内しながら行き当たりばったりで楽しもうよ」
「じゃあそうしようか。愛桜もそれでいいかな?」
特に断る理由もないし、折角コミュ障の涼香が進んで提案してくれたのを無下にしたくはない。みんなも心は同じはずだ。
あとは愛桜次第だが、問題ないだろう。ニコニコと笑顔を浮かべて頷いていた。
「はい! 皆さん、よろしくお願いしますっ」
そんな愛桜の返答を聞いて涼香も一安心したのかホッと一息吐いていた。
涼香なりの愛桜と仲良くなりたいという気持ちの表れ。瑠璃が頑張った姿を見て自分も努力してみようと思ったに違いない。その気持ちを大事にして愛桜と交流してほしいと思う。
「じゃあとりあえず移動しようぜ」
「そうだね」
各々帰り支度を済ませて教室を出る。廊下を照らし上げる陽光はまだ高く、これから街に出ても十分遊べる時間がありそうだった。
靴に履き替え外に出ると、春らしい暖かい風が肌を撫でる。空を見上げれば、御桜丘までとはいかないものの、ピンク色の欠片が風に乗ってはらはらと舞っていた。そんな桜たちに背中を押されるように俺たちは街に向かって歩き始める。
「ん?」
ふいに漂ってきた甘い花のような香りに振り向くと、愛桜が俺の隣に並んで歩いていた。普段は涼香か結羽が隣にいるから新鮮な気分だ。
「……」
結局俺は愛桜のことをまだ何も知らない。何が目的で俺に近づいてきたのか分からない以上、下手に隣に置くのは危険なことかもしれない。
可能ならば俺もみんなと同じように心から仲良くしたいと思う。裏にどんな理由があろうとも、こんなにも可愛くて魅力的な女の子に告白されたら多少は意識してしまうものだから。
しかし、俺には俺の事情というものがある。やらねばならないことがある。それに愛桜が必要だとすれば、みんなとは違う方向で真っ直ぐに向き合う必要がある。
「……こういうのに私、憧れていたんです」
でもそんな考えは愛桜の言葉によって霧散した。
どういう意味か訊ねるように愛桜に顔を向けると、ちょっと困った様子で話を始める。
「意外って思われるかもしれませんけど、私には友達と呼べるような存在は居ませんでした」
黒い羽根は現れない。愛桜の言葉に嘘はなかった。
「......へぇ。それは確かに意外だね」
「誰に対しても壁を作っていたんです。常に一定の距離を保って関わりすぎないようにしていました」
「そうなんだ。無粋な質問かもしれないけど、どうして俺たちとは友達になろうって思ってくれたのかな」
「友樹くんに出会えたからです」
翡翠色の瞳が真っ直ぐ俺を捉えた。
それは春のようにあたたかい眼差し。張っていた気が一瞬緩んでしまいそうになるくらい優しいものだった。
「そっか。それは良かった。みんなのこと友達だと思ってくれているんだね」
「もちろん!」
「じゃあさ──」
それは出来心だった。
俺と付き合いたいと嘘を吐いた愛桜にこの質問をして、どんな答えが返ってくるのか気になってしまった。
「──俺のことは、好き?」
すると愛桜は一瞬驚いたような表情を見せ、すぐに何言っているんですか。と言うように満面の笑みで答えた。
「もちろんです! 友樹くんのこと、私は大好きですよ!」
その刹那、真っ黒な羽根が舞い散った。
to be continued