第112話『瑠璃の文句』
「……むぅ、納得がいきません!!」
不満気な感想を漏らすのは焼き立てのお餅のように頬を膨らませる愛桜。まるで小学生低学年の子どもが拗ねているようだ。
想像以上に早い終わりを見せた脱出肝試し。しかし、時間が時間ということもあり、駅前のファミレス等で集う訳にもいかず、俺たちは例によって例のごとく瑠璃の家にお邪魔していた。次の日が土曜日ということもあり、今夜はこのままみんなで泊まる予定だ。お泊まりセット等の用意はしていなかったのだが、そこは使用人さんたちが用意してくれているから問題は無い。
「納得がいかないのは私の方ですわ!?」
愛桜の発言に抗議するようにテーブルをバンっと叩いた瑠璃は声を大にして文句を口にする。叩いた拍子にテーブルの上に並べられていたマグカップが波打ち、丁度マグカップを手にしようとしていた愛桜の手に淹れたてのコーヒーが掛かった。
「あっっつ!? ちょ、瑠璃ちゃん!? いきなり叩かないでくださ──」
「お黙りあそばせっ!!」
そんな愛桜の文句は瑠璃の一言で一蹴される。
「あれの!! どこが!! 肝試しらしいトラップですの!? もろに対人トラップじゃありませんこと!?」
「……人魂的な?」
コーヒーの掛かった手のひらにふーふーと息を吹き掛けながら愛桜は答える。全く反省する様子を見せない愛桜の様子に、瑠璃のオニキスの瞳は燃えるような光を放っていた。
「あんな眩しくてうるさい人魂があってたまりますか!! それに私気絶したんですのよ!?」
「話は聞きました。友樹くんと結羽ちゃんを守ったそうじゃないですか。とても立派だと私は思いますよ?」
「立派……」
……え? そこで怒り鎮まっちゃうの? チョロすぎん?
噴火した火山から噴き出すマグマのように怒りを爆発させていたはずなのに、瞬間的に沈静化した瑠璃の姿を見て俺は唖然とした。それは自分は関係ありませんとスマホを弄っていた他の面々に加え、発言した本人である愛桜もポカーンと口を開けていた。
しかし、この好機を逃すまいと愛桜はすぐに表情を切り替える。立派という言葉に酔いしれている瑠璃に愛桜は言葉を重ねた。
「身を呈して友達を守る。素敵なことじゃないですか。大抵の人間は自分が可愛くて緊急時に他人のことなんて考えられません。誰だって自分の身が一番可愛いんです。でも瑠璃ちゃんは自分よりも他人を優先した。それはとても勇敢で、とても立派です」
「そ、そこまで言われると照れちゃいますわ。あ、手は大丈夫かしら?」
愛桜は本当に人を操るのが上手いと思う。
観察眼や洞察力だけが愛桜の強みではない。それらの根本にある支配力が愛桜が持つ本当の強さに他ならない。俺のように嘘が分かるならばともかく、そうでない人間は言葉巧みに騙され、いとも簡単に丸め込まれてしまうだろう。
微々たる量とはいえ、黒い羽根を舞わせる愛桜から視線を逸らす。
瑠璃の怒りを鎮める為とはいえ、よくもまぁここまで心に思っていない言葉を並べられるものだ。呆れを通り越して感心してしまう。
さざ波のように揺らめく心を落ち着かせるために俺はコーヒーに手を伸ばす。
「そういえばさ、ともちん」
マグカップを口に付けようとしたところで結羽が話しかけてくる。俺は飲むのを中断して結羽の方へ顔を向けた。
「どうして【裏切り者】がすずちーって分かったの?」
そんな結羽の質問に真っ先に反応を示したのは愛桜だった。
「あ、それ私も気になっていたんです! 種明かしを所望しますっ!」
「ふむ」
結羽の言う通り【裏切り者】は涼香だった。
真面目にやっていないと言いつつも勝ちたいという意思はあったらしく涼香は嘘を吐いた。言葉にしてしまった時点で俺には嘘かどうか分かるから、あとは適当な理由をつけてグループメッセージで告発して終了──という流れだが、瑠璃と結羽の説明は出来ても涼香と和也については簡単には説明出来ない。
「結羽と瑠璃は宝石を見つけた時の反応で分かったよ。涼香と和也に関してはそうだね、長年の付き合いからの直感かな」
「ええーーーっ!? 直感です!? ハズしたら負ける状態で賭けに出るなんて私には出来ないですよーっ!!」
項垂れるようにテーブルに突っ伏す愛桜。本気で悔しがっている愛桜に申し訳ないから心の中で『ごめん』と謝っておく。
「あ。ねぇ、愛桜」
「なんです? 友樹くん」
「あ、えーっとさ」
俺自身も愛桜に聞きたいことがあったのだが、わざわざみんなの前で──いや、涼香と和也の前でする必要は無い。そう思い直して適当に言葉を並べてはぐらかす。
「愛桜と結羽の鬼ごっこは結局どうなったのかなって思ってさ」
「あー、それはですね──」
本当に聞きたいことを訊ねるのは──今夜でいいだろう。
俺は今度こそコーヒーを口に含んだ。ミルクと砂糖を入れているはずなのに酷く苦かった。
to be continued
次回の更新は『11/26 21時』です。