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嘘と約束の鎮魂歌  作者: 心音
夏の章
120/171

第110話『脱出肝試し ⑤』

Another View 涼香



「……」


 呆気に取られるとは正しく今の状態のことを指すのだろう。

 偶然にも愛桜さんを発見したわたしとかず君は、バレない程度の距離を保ちつつ尾行を行っていた。そんな中で愛桜さんが唐突に見せた裏の一面。よく聞き取れなかったが、恨み言のようなことをボヤき、階段の踊り場に置いてあった何かを躊躇いなく蹴り飛ばしてそのまま去っていった。

 辺りが暗いせいでしっかりと表情を伺うことは出来なかったが、パッと見えた横顔はわたし達の知っている明るくてちょっとお茶目なところがある愛桜さんではなく、憎しみに満ちた恐ろしい形相。親の仇を見るような冷たい表情だった。


 そんな強烈な一面を見せつけられたわたし達は驚きのあまりしばらくの間その場から動くことが出来ないでいた。おかげで愛桜さんの姿を見失ってしまったが、そんな些細なことはどうでもいいと思えるくらいにはわたしとかず君は動揺している。

 お互い何か喋ろうと口を動かすが言葉にはならず、ただ時間だけが刻一刻と過ぎていくが、ある程度時間が経てば心は落ち着いてくるものだ。深呼吸を一つ、まだ少し鼓動の速い胸に手を当てながらわたしは口を開く。


「……何だったの、今の」


「俺に言われても……分かんねぇよ。雰囲気に当てられて幻覚を見ちまったんじゃないかって思っているくらいだぜ……?」


「うん、そうだね。でも……」


 わたしは勇気を出して階段を昇っていく。一歩足を進める度に空気が重くなっていくのを感じた。そして踊り場で足を止め、バラバラに散らばった赤黒いマネキンの残骸を見下ろした。


「……このマネキンの有様が現実を物語っているよ」


 星ノ宮さんの蹴りを直で食らったマネキンの顔の部分はもはや原型を留めていない。破片とまだ乾ききっていなかった血糊が辺りに散乱している。衝撃で床に叩きつけられた体の部分も腕や足が変な方向に曲がっていて気持ち悪かった。怖いものが嫌いなわたしにとってかなり精神的に負荷がかかる光景だが、このマネキンよりも今は愛桜さんの方が恐ろしく思えてしまう。

 後からやってきたかず君もマネキンを見て『うっ』と声を漏らす。見るに堪えない光景に違いないが、わたしを必要以上に怖がらせない為に無理矢理笑顔を浮かべた。


「こりゃ後片付けが大変だな。はっはっはっ」


「わたしの為に無理しなくていいよ、かず君」


「……」


 そう言うとかず君の乾いた笑いはすぐにため息に変わる。

 作り笑顔をやめたかず君は頭をガシガシと掻きながら本音を口にする。


「……全っ然笑えねぇ」


 わたしは無言で同意を示す。

 とも君のことが好きな明るくて面白い女の子──そんな印象は跡形もなく崩れ去っていた。


「俺たちがいつも見ている愛桜と今の愛桜。どっちが本物の愛桜なんだ?」


「誰にだって裏の顔があるものだとわたしは思う。だからその問いに関して言えば、両方とも本物の星ノ宮さんだよ」


「それはつまりよ、いつも俺たちが見ている方が裏の顔って可能性も十分考えられるってことだよな?」


「……否定は出来ない。けど、もしわたし達が今見た方が星ノ宮さんの本来の顔だとしたら……」


 そこまで口にして言い淀む。これを口にしたらもう二度と星ノ宮さんのことをこれまで通りに見ることが出来そうになかったから。

 でも、一度そう思ってしまったらもう、それは口にしてもしなくても変わらない。わたしの心の中で今日の出来事はしこりのように残り続ける。だから言葉にして少しでも気を楽にするためにわたしはかず君の困惑する瞳を見つめて口を開いた。


「……とんでもない嘘吐きだよ」


「……」


 かず君は無言を返した。それはもうわたしの言葉を肯定しているようなものだ。


 恐怖を押し退けて不安が込み上げてくる。

 わたしは──いや、わたし達は星ノ宮さんのことを知らなさすぎる。


 とも君を好きになった経緯は?


 とも君と初めて会ったのはいつなの?


 本当にとも君のことが好きなの?


 女の勘が騒いでいる。

 これよりも先に踏み込んでしまったら、樹海に迷い込んでしまうように、もう後戻りは出来ないと。


 でもきっとわたしは足を踏み入れてしまうのだろう。

 大切な幼馴染であるとも君の為ならばわたしは迷わない。樹海だろうが何だろうが、その先に何が待ち受けていようともわたしは進み続ける。


 絶対的な信頼を置いているとも君を傷つけようとするのであれば、わたしは絶対に星ノ宮さんのことを許さない。



to be continued

次回の更新は『11/20 21時』です。

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