第107話『脱出肝試し ②』
校舎内に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
外は汗が滲むほどの暑さだったのにも関わらず、この場所は鳥肌が立つくらい肌寒く感じる。それはきっと、耳が痛いほどの静けさ。先の見えない暗さ。そして──【裏切り者】は誰なのかという疑念。それらが複雑に混ざりあって歪な空間が出来上がってしまっているからなのだろう。
「……」
誰も何も喋らない。だが、こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。
愛桜が行動を始めるまであと三分前後。早いところ作戦を立てないとこの場で一網打尽にされてしまう。何でもいいから話そうと一歩踏み出した時、それとほぼ同タイミングで結羽が口を開いた。
「とりあえず、固まっていたら効率が悪いよ。【裏切り者】の存在もあるし、個別に動いた方が──」
「や、やだよ! わたし、一人で行動するなんて絶対に無理……っ」
結羽の言葉を遮った涼香は涙目になりながら訴える。
「誰かと一緒じゃないと怖くて動けないもん……。お願いだから一人はやめて……っ」
「落ち着け涼香。お前を一人にはさせねーよ」
取り乱しかけていた涼香の頭を和也が優しく撫でる。
「かず君……ありがとう」
たったそれだけで落ち着きを取り戻した涼香。
和也と涼香──二人の長い時間の中で築かれた信頼と絆の賜物だ。
俺も幼馴染という点では同じくらいの付き合いだし、それ相応の信頼や絆があるのは間違いない。けど、一緒にいる時間という点では残念ながら俺は和也を超えることは出来ない。
俺は紅音と。和也は涼香と過ごす時間が長かった。もちろん、四人で一緒にいることの方が断然多かった訳だが。
とにもかくにも、いつまでも微笑ましい光景を眺めている訳にはいかない。
涼香を任せられるのは和也だけだ。別に俺でも構わないのかもしれないが、折角の雰囲気に水を差すつもりは無い。和也と涼香の二人がペアになるのは確定だから、あとは余った俺と結羽、瑠璃がどうするかだ。
「俺たちはどうする? 単独で動いてもいいし、三人で行動しても構わないよ」
纏まって行動するのは非効率であることは間違いないが、【裏切り者】の行動を抑制することができる。【裏切り者】に単独で動かれると【宝石を探す側】にとって大きなデメリットが二つあるのだ。
一つは宝石の在処だ。
仮に【裏切り者】が宝石を見つけたとしてもそれを確保することは無い。スルーするかメッセージのやり取りでここには無かったと嘘を吐けばいい。だが【裏切り者】は嘘は吐かないだろう。もしメッセージに残した後に誰かがその場所を探してしまったら嘘がバレる。そうなってしまえば【宝石を探す側】の勝利条件である【裏切り者】の告発でゲーム終了になってしまうからだ。
そして二つ目。【裏切り者】が愛桜と個別でやり取りが行えること。
【裏切り者】が単独で動く場合、宝石を探すフリをして【宝石を探す側】の尾行をすることができる。つまり、愛桜に逐一居場所を報告されてしまうということになり、宝石を探すどころじゃなくなってしまう。
これらを踏まえた上で単独かグループかを決める必要がある。
ぶっちゃけると俺の嘘を見抜く力を使えば【裏切り者】が誰であるかは一瞬で判断可能だが、それはゲームが崩壊してしまうからやらないつもりだ。
「かずやんとすずちーが一緒に行動するなら、うちらもとりあえず一緒でいいんじゃない?」
「結羽さんの意見に賛成ですわ」
「よし。じゃあそろそろ行動開始といこうか。愛桜も動き始める頃だしね」
「うん。了解。かずやんとすずちー、生きて再会しようね」
二人の世界に入り込んだままの和也と涼香に結羽がそう声を掛ける。
それで状況を再確認したのか、二人は少し慌てた様子で離れると気を引き締め直して大きく頷いた。
「行動開始だね。頑張ろう、みんな」
「「「「了解っ」」」」
……さて、どう転がることやら。
to be continued
次回の更新は『11/11 21時』です。