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嘘と約束の鎮魂歌  作者: 心音
夏の章
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第104話『不健全な関係』

Another View 和也



 確定的な何かがある訳ではなく、長年の付き合いからの直感に過ぎないのだが、どうも最近涼香の様子がおかしいような気がする。いや、変わったと言った方が言葉的には正しいのかもしれない。


 俺の知っている涼香は、控えめな性格で、いつもつるんでいるメンツから一歩身を引いたところにいるような女の子だ。それが最近は積極性が増したというかなんというか、とにかくいつものらしさ(・・・)が無くなっていた。

 内面的に何かしらの変化があって前向きな性格になっているのだとすれば、幼馴染として喜ばしいことではある。しかしどうも変化のベクトルが違うような気がしてならないのだ。


 テストの打ち上げの帰り道。辺りをオレンジ色に染め上げていた日が沈みかけ、暗い夜の時間が始まる黄昏時、もしくは逢魔が時と呼ばれる時間帯。仄暗い住宅街を無言で歩く俺と涼香の足音は、下りてきた夜の帳に反響するように不気味に響き渡っていた。

 隣を歩く涼香の表情を横目で伺うが、相変わらず何を考えているのか分からない無表情を貫いている。


「なぁ、涼香」


 立ち止まり名前を呼ぶと、涼香は俺から一歩先に進んだところで振り向く。肩よりも少し長いアッシュグレーの髪が舞い、まだ仄かに残っている和菓子の甘い香りがふわりと広がった。


「なに? かず君」


 アクアマリンのような綺麗なスカイブルーの瞳が俺を捉える。


「最近何かあったのか?」


「どうしてそう思ったの?」


「今日の事といい、最近といい……らしくないなって思ってさ」


「確かにそうだね。自分でもそう思うよ」


 どうして?

 そう訊ねるよりも早く、涼香は言葉を重なる。


「かず君はさ、いつまでもずっと、今の日常が続いて欲しいと思う?」


 要領を得ない質問に俺は首を傾げる。

 そんな俺を見た涼香は何がおかしかったのか微笑を零す。そして会話の前後がまるっきり繋がっていない言葉を続けた。


「星ノ宮さんって──良い子だよね」


 そう涼香が告げた瞬間、視界が闇に包まれた。

 日が完全に落ち、夜の時間が訪れたのだ。


 すぐ目の前に涼香は居るはずなのに、何故か何処か遠くに消えていってしまうような気がして、俺は思わず手を伸ばして涼香の腕を掴んでいた。

 しかし、驚かせるような行動を取ってしまったのにも関わず、涼香は動揺するような様子を一切見せず、ただ淡々と言葉を続ける。


「可愛いし、性格は明るくて面白い。でも真面目な時はとことん真面目で、自分の意志がちゃんとある。すごいよね、羨ましいよ。わたしに無いものを星ノ宮さんはいっぱい持っている」


 涼香の顔が闇に隠され、今どんな表情をしているのかが分からない。今掴んでいるこの腕が涼香なのかすら分からなくなってくる。


「──ねぇ、かず君」


 それは本当に涼香の声なのか。

 酷く冷えきった声色に、全身に悪寒が走る。




「それがね、わたしは──堪らなく悔しいんだ」




 目が慣れるよりも先に街灯が点き、スポットライトのように涼香の姿を照らし出すと、そこにいたのはいつもと何一つ変わらない涼香。今この瞬間まで喋っていたのが別人なのではないかと錯覚してしまうくらいいつも通りだった。


「……愛桜は愛桜。涼香は涼香だろ。お前にはお前の良いところがたくさんある。人と比べるようなことじゃない」


 様々な気持ちを押し殺してそれだけ告げると、涼香はふにゃりと微笑んだ。


「かず君は優しいね。ありがとう」


 そうお礼を告げて涼香は視線を落とす。

 視線の先には未だに涼香の腕を掴んだままでいた俺の手があった。


「あ、悪い……。掴んだままだったな」


 離そうと力を緩めた瞬間、今度は涼香が俺の腕を掴む。

 そして、驚く俺を上目遣いで見上げると、天使のような優しい表情で誘ってきた。


「ねぇ、かず君。今夜、エッチしようよ」


「……今はそういうタイミングじゃないだろ」


 確かに俺たちはそういう関係ではある。

 幼馴染で、親友である友樹ですら知らない不健全な関係。


 だとしても、こんな会話をした後にするようなことでは無い。

 けれど涼香は折れるつもりは無いのだろう。表情一つ変えることなく、俺を説得するように言葉を並べる。


「そういうタイミングだよ。かず君も言っていたよ。わたしらしくないって。らしくないことをしたら疲れちゃった。だから、ね? かず君。わたしのこと癒してよ」


 言いながら涼香は自分の胸を俺の腕に押し当てた。

 控えめな胸とはいえ、こうも密着すれば服越しでもその柔らかさが伝わってくる。


「いや、でも……」


「わたし、かず君が欲しいな。大好きなかず君にして貰いたい」


「……っ」


 分かっている。涼香の言う『大好き』はそういう意味では無い(・・・・・・・・・・)と。

 でもその言葉は麻薬のように脳に浸透していく。涼香にとっては幼馴染としての『大好き』でも俺にとっては違う。


「……分かった」




 そう俺は──涼香のことが好きなのだ。

 幼馴染としてじゃない。一人の女の子として、涼香のことが大好きなんだ。




to be continued

次回の更新は『11/2 21時』です。

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