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嘘と約束の鎮魂歌  作者: 心音
夏の章
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第101話『九條蒼明という男』


 それから時間が過ぎるのはあっという間だった。

 勉強をして、時には少しだけ遊んだり、ティータイムを取ったりしてリフレッシュして──なんやかんやで勉強会最終日の夜になっていた。

 最後にディナーを取って解散しようという話しにまとまり、みんなが各々の行動を取り始めたタイミングで、俺は当初の予定通り瑠璃に頼んで蒼明さんにアポを取って貰っていた。


「夕飯のタイミングには戻るね」


「了解致しましたわ。みんなが何か言ってきたら適当に誤魔化しておきますの」


 瑠璃は特に何も詮索せずに俺を送り出してくれた。

 お礼を告げて俺はこっそり部屋を抜け出して蒼明さんの元へ向かう。相変わらず迷路みたいな家の中を歩き回ること数分、ようやく蒼明さんの部屋の前に着いた。何の話をするか分からない不安を少しでも緩和する為に、深呼吸を一度してからドアをノックする。


「入りたまえ」


 間髪入れずにドアの向こうから返事が来る。俺は『失礼します』と声を掛けてからドアを開いた。


「よく来てくれたね。適当なところに座ってくれるかな」


「ありがとうございます」


 お礼を告げて近くのソファーに座る。書類と睨めっこしていた蒼明さんは作業を中断して俺の目の前に腰掛けた。


「お仕事中でしたか?」


「構わない。整理をしていただけだ」


「そうですか。それで、話というのは?」


「聡い君のことだ。言わずとも見当はついているのだろう?」


「……瑠璃のことですね」


 この人が聞きたいことなんてそれ以外には無いだろう。

 蒼明さんは一つ頷くと、両肘をテーブルについて手を組んだ。


「私としては君と瑠璃が交際に発展すると思っていたのだがね。どうやら的が外れたらしい。私の娘では不服だったかね?」


「滅相もございません。瑠璃は俺には勿体ないくらい良い子です。でも、恋愛感情があるかと言えば違います。友達としての好きと、恋の好きは別物ですから」


「なるほど」


 恋愛感情は無いとはっきりと告げたにも関わらず、蒼明さんは眉一つ動かすことは無かった。まるで俺がそう答えることを予め予想していたような反応だった。それに違和感を覚える。


「私たち家族ですら瑠璃の過去を──呪縛を払拭してあげることが出来なかった。多くの心の専門家に頼んでもどうしようも出来なかったことを君はやってのけた。しかもあんな状況で、死の危険すらあったにも関わらず、自らの体を張ってまで。ただの友達のためにやれるような簡単な行動では無いだろう」


 蒼明さんの鋭い瞳が刺すように俺を見つめている。

 その瞳を見て、この人が知りたいことは瑠璃とのことでは無いと確信した。ならば何を知りたいのか。それはきっとすぐに分かるだろう。


「多くの人間はあの状況であんな行動は取れない。しかも相手は偽物だったとはいえ銃を持っていたんだ。普通は怖気づいてロクな判断すら下せない。でも君は違った。デートの最中の些細なハプニング程度にしか思っていなかった。それは何故だ?」


「……なるほど。蒼明さん、本題はそっちですか」


 蒼明さんが訊ねたいことは俺の根っこの部分についてだということを理解する。


「それを知って蒼明さんは俺をどうしたいんでしょうか?」


「何も取って食おうなんて考えてはいない。ただの純粋な疑問だよ」


「申し訳ないですけど、それは話せません」


 疑問への返答をキッパリと断る。

 話したところで俺にメリットが何一つとして無い。蒼明さんも俺が素直に話さないことは予測していたのだろう。特に追求してくることは無く、代わりに俺を心配するような言葉を続けた。


「君の持つそれは……瑠璃と同じようなものだ。心に抱えた爆弾はいつ、何がきっかけで起爆するか分からない」


 正直に答えずとも、この人は見透かしてくる。

 愛桜といい、蒼明さんといい、俺の周りの人たちは、どうしてこうも洞察力が高すぎるのか。


「一つだけ心の片隅にでも置いておいて欲しい」


 そう前置きをした蒼明さんの目付きが変わった。

 それは先程までの真面目なものではなく、優しさを感じ、頼りになる大人の目付きだった。


「友樹くん。君はまだ子どもだ。もっと大人を──いや、私を頼りなさい」


「────」


 想定もしていなかった言葉に俺は戸惑って目を見開く。


「私は君の親では無いから、こんなことを言う資格は無いのかもしれない。しかし、瑠璃の恩がある。何か困ったことがあれば遠慮なく私を頼りなさい。必ず力になってあげよう」


「……ありがとう、ございます」


 その力強くも優しい眼差しに、俺はお礼を告げることしか出来なかった。

 でも蒼明さんはそれで満足したのだろう。ソファーから立ち上がり、俺が部屋に来た時にいた場所へ座り直した。


「話は以上だ。これ以上時間を取ってしまったら友達に怪しまれてしまうよ。みんなの元へ戻りなさい」


「分かりました」


 そう答えて俺も立ち上がる。ドアの前まで移動したところで蒼明さんの方へ振り返り、深々とお辞儀をしてから部屋を後にした。


「……私を頼りなさい、か」


 俺には一生口に出来なさそうなセリフだ。

 そんなことを思いながらみんなのいる部屋に戻った。



to be continued

次回の更新は『10/24 21時』です。

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