第100話『涼香の心情』
翌日。昨晩出来なかった分を含めて俺たちは勉強に専念した。
しっかりと睡眠を取ったことと、美味しいモーニング兼ランチを堪能したことで充実した勉強時間を取ることが出来た。教える側と教わる側を分けた勉強方法はとても効率が良く、一人でするよりも断然捗ったと言えるだろう。
昨日勉強にあまり集中が出来ていなかった結羽も、単に学校での授業に疲れていただけで、今日は文句一つ言わずに黙々と励んでいた。そうしてみんなが集中して取り組み、気づいた頃には時刻は17時を回ろうとしていた。
「──皆さん、そろそろ休憩にしますわよ」
シャーペンをテーブルに置いた瑠璃がみんなにそう声を掛ける。
結羽と和也は示し合わせたようにテーブルに突っ伏し、愛桜と涼香はそんな二人を見て苦笑いをした。
俺は部屋に射し込んでくるオレンジ色の陽射しを全身に浴びながら、凝りまくった背筋を伸ばして一息つく。これが今夜も明日も続くと考えると少し億劫ではあるが、良い結果に繋がるという確信はある。ある意味充実した時間を過ごせていると言えるだろう。
「飲み物を用意して貰いますわ。皆さん、何がいいですか?」
スマホを片手に瑠璃が訊ねてくる。正直何でもいいが、少し眠気があるからコーヒーでもお願いしよう。
「俺はコーヒーがいいな」
「わたしも、とも君と同じで」
そう涼香が続くと、他の面々もコーヒーを頼む。
下手にバラバラに注文するよりも、一つに統一した方が用意してくれる側も楽だろう。
「コーヒーが六つと……はい、完了ですわ。少ししたら使用人が持ってきてくれますわ」
スマホをテーブルに置いて瑠璃も伸びをする。
結羽と比べたら控えめではあるが、服越しでも分かる女の子を象徴する双丘が、服に沿って体の綺麗なラインを描いていた。昨晩の眠っている姿といい、今の行動といい、瑠璃は結構無防備なところが多い。まぁそれが瑠璃の可愛いところでもあるのだが。
「……とも君、何処見てるの」
ハッとして声のした方向に振り向くと、ジトーっと冷たい眼差しを涼香が向けていた。弁明の言葉を述べようと思ったが、どうせ涼香には見透かされてしまうと思い、俺は正直に開き直ることに決めた。
「まぁ、俺も男だからね。自然と視線が吸い寄せられることだってあるよ」
「じゃあ、わたしが同じことをしたら?」
「見ちゃうんじゃないかな? 涼香だって可愛い女の子だからね」
「……ドキドキする?」
「それは実際に見てみないと何とも言えないかな」
苦笑いしながら回答をすると、涼香はおもむろに立ち上がる。そして周りから見ても不自然が無いようにしつつ、瑠璃と同じポーズを取って俺を見る。感想を求めているのだろうが、俺は控えめに首を横に振る。
「うーん、予めやるかも? って構えていたからかな。あんまりドキドキしないね。そういうのはほら、自分でも気づかないうちに自然とやっちゃうからこそ、見ている側もドキドキするんだと思うよ」
「……そっか」
残念そうに涼香は体勢を崩して椅子に座り直す。
普段控えめな彼女がこんなちょっとばかし大胆な行動を取るのは珍しい。なんかしらの心境の変化があったということだろうか?
「ドキドキって、難しいね」
「ドキドキさせたい相手でも出来たの?」
「ううん、別に。ただ何となくだよ」
ふわっと、黒い羽根が舞う。
普段なら気にも留めない小さな嘘。でも今は何故かその嘘が無性に気になった。涼香にも好きな人が出来たということなのだろうか?
幼馴染という関係上、涼香と一緒にいる時間は長く、性格や他の人との人間関係も大体は把握している。そんな涼香に好きな人が出来たのだとすれば、それは俺か和也なのではないかと想像してしまうのも無理は無い。
涼香の海のような青い瞳を見つめる。相変わらず何を考えているのか分からないが、涼香だって年頃の女の子だ。一番身近な俺たちにそういう感情を抱くのも当然言えば当然かもしれない。
そしてその感情を向けているのは、俺ではなく和也の方だろう。二人はよく夕飯を一緒に食べたり、出掛けたりしている。もしかしたら二人の関係が幼馴染から恋人に変わるかもしれないと考えると、微笑ましい気持ちになってくる。
「……何を笑っているの、とも君」
「ううん、特に意味は無いよ。ただそうだね、涼香も女の子なんだなって、改めて思っただけだよ」
「なんか変な勘違いをしているような気がする。……まぁいいけど」
何か言いたげな涼香だったが、これ以上話を発展させたくは無いらしくそのまま会話を打ち切った。でもその直前──
「わたしのこの感情は──恋じゃないんだよ」
独り言のように呟いたその言葉が、俺の胸にしこりのように残り続けるのだった。
to be continued
次回の更新は『10/21 21時』です。