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嘘と約束の鎮魂歌  作者: 心音
夏の章
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第96.5話『回想 ⑧』


 九月の終わり頃。残暑も落ち着き、比較的過ごしやすい気温が続く今日この頃。近々始まる中間テストに備えてみんなで勉強会をしていた。

 しかし、勉強を始めてから早一時間。真っ先に集中力の切れた和也が教科書とノートを放り投げながら発狂した。


「──がぁぁぁ!! 勉強なんてやってられるかよ!!」


 黙々と数学の問題集を進めていた涼香は、頭をガシガシと掻きながら喚き続ける和也をジト目で睨みつける。


「かず君うるさい。集中力切れちゃうよ」


「俺はもう切れた! おい友樹、ゲームしようぜ!」


「あと少しでキリのいいところまで終わるから少し待って」


「えーっ! いいじゃんかよ。勉強なんていつでも出来るだろ?」


 意地でもゲームをしたい和也の手にはちゃっかりコントローラーが握られていた。遊びたい欲に駆られた手がゲーム機のスイッチに伸びるが、その直前に和也の手を横から伸びてきた手がパシッと掴む。

 その刹那、一瞬前までご機嫌だった和也の顔から血の気が引いていく。燃料切れ間近のロボットのようにぎこちなく和也が振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた般若──もとい、笑顔という重圧をかける紅音が立っていた。


「それを言うならゲームだっていつでも出来るよね? かずくん」


「あ、いや、その……それはごもっともなんですけど。えと、腕が痛いです、ミシミシ鳴ってますよ紅音様?」


 敬語になっているの草。

 だが、いつもの口調から敬語に変えたくらいで紅音は力を緩めるつもりは無いだろう。


「当然だよ。痛くしているんだもん」


「待って」


 紅音に掴まれた腕を振りほどこうとする和也。しかし、どう足掻いてもピクリとも動かない。和也の力が弱い訳ではない。紅音の掴む力が桁外れなのだ。


「このままだと折れてしまいます。もう少し加減を──」


「嫌だよ。折ろうとしているんだもん」


「ごめんなさいぃぃぃぃ!! ちゃんと勉強するので折らないでくださいぃぃぃぃ!!」


 絶叫する和也を見て満足したのか、紅音は腕から手を離す。

 開放された和也の腕には見事に紅音の手跡が残っていた。女の子とは到底思えない握力に俺は思わず苦笑いをする。


「うんうん。じゃあ問題集の続きをしようね。分からないところがあったらちゃんと教えてあげる」


「うぅ……よろしくお願いします紅音様ぁ……」


 泣きそうになりながら机に向かう和也。しばらくの間は無言で問題を解いていたのだが、やはり集中力が長続きすることはなく、息を一つ吐いてシャーペンを置いた。


「……紅音様。やはり休憩をしませんか?」


「ん? 折る?」


「嫌だぁぁぁぁぁ!! 何でそうやってすぐ暴力で解決しようとするんだよ!! もっと別の方法を──」


 スパァァァァンッ!!

 和也の言葉を遮るように凄まじい音が鳴り響いた。紅音が自身の右拳を左手に打ち付けた音だ。


「ん? 何? 拳?」


「人の話は最後まで聞いてくれない!?」


「まったく……」


 でも、何だかんだ言って──紅音は優しいのだ。

 さっきまでとは違う柔らかい表情で、項垂れる和也の頭にポンと手を乗せる。


「仕方ないなぁ。じゃあ少しだけだよ? ゲームでいいの?」


「よっしゃあ!!」


 慈悲を与えられた和也はガッツポーズで喜びを露わにした。

 ご機嫌な様子の和也を見る紅音の目は優しい。何となくそれが嫌だった俺はため息を吐いて視線をノートに戻す。これが言わゆる、嫉妬というやつなのかもしれない。

 でも、紅音の優しさは俺だけのものではない。独り占めするつもりもない。幼馴染みんなに、平等に優しさを振りまく紅音が俺は好きだから。


「ともくんとすずちゃんもゲームする?」


 ゲームのコントローラーを用意しながら紅音が訊ねてくる。俺はどっちでも良かったのだが、ゲームがあまり得意じゃない涼香は静かに首を横に振った。


「わたしはゲームじゃストレス解消出来ないから、見ているだけでいいよ」


「そう? じゃあ無理は言えないね。でも見ているだけってのもつまらなくないかな?」


「うーん。じゃあ、気になっていること、聞いてもいい?」


「わたしに答えられることならいいよ」


 そう紅音が答えると、涼香は頬をほんのりと赤く染め、ちょっと躊躇いを見せながら口を開く。


「とも君と付き合い始めて、それなりに時間経つよね? その、もう……キス……した?」


 なんてことを聞くんだと思ったのだが、紅音は全く気にしていない様子で淡々と答える。


「うん。付き合う前にしたよ」


「そうなん……付き合う前にしたの!?」


「うん。わたしから、ね。したくなっちゃって」


 てへっと紅音はいたずらっぽく舌を出して笑う。


「お、大人だね、あーちゃん。わたしは……あーちゃんみたいに真っ直ぐ、好きの気持ちを伝えられないよ」


「ふふっ。そうかな? すずちゃんも好きな人が出来ればきっと伝えられるとわたしは思うよ」


「……だといいなぁ」


 何か思うことがあるのか、涼香は何処か遠くを見つめていた。

 けど、それ以上紅音が何か追求することはなく、涼香も特に話を続けなかったから、この話題は自然と終わりを迎えた。



to be continued

次回の更新は『10/9 21時』です。

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