第92話『涼香との時間 ②』
お馴染みの甘味喫茶、甘狐処にやって来た俺と涼香。店内にはちらほらと同じ制服を身に纏った学生がわいわいと談笑をしている。
顔馴染みの店員に、いつも通りの奥側のソファー席に案内してもらった俺たちは、早速メニューと睨めっこを始めた。
「抹茶ラテは確定として……さて、何を食べようかな」
甘狐処でお茶をする時、基本的に季節限定メニューが無ければ俺は抹茶ラテ一択になる。そしてそれは涼香にも同じことが言えるのだが、今日の涼香は抹茶ラテのイラストを眺めたまま首を捻っていた。
「どうしたの、涼香? 気になる飲み物でもあった?」
今は特に限定メニューは無い。何をそんなに悩んでいるのか問い掛けると、涼香はメニューから顔を上げて静かに首を振る。
「ううん。違うよ、とも君。わたしは今、究極の二択に悩まされているの」
「……究極の、二択?」
はて、二択とは一体何のことだろう?
しかし、涼香がこんなにも真剣に悩むことは珍しい。よっぽど重要な選択を迫られているに違いない。
「ねぇ、とも君。ホットとアイス……どっちにしよう」
「あー」
なるほど。確かに悩ましい事案だ。
季節の変わり目である今、飲み物をホットにするかアイスにするかは涼香の言う通り究極の二択と言っても過言では無い。俺は迷うことなくアイス一択だったのだが、それを聞いてこの選択が正しいのか否か分からなくなってきた。
「ジメジメしているし、アイスにしてスッキリしたい気持ちもあるんだよね。けど、これからどんどん暑くなってくるから、ホットにする最後の機会かもしれない……どうしよう、とも君」
真剣に悩む幼馴染の為に俺は、ロダンの考える人の像のように体勢を整え、たっぷり10秒ほど頭を捻って考える。そして俺は一つの結論に辿り着いた。
「……両方頼めばいいのでは?」
そんな提案をすると、涼香はカッと目を見開いた。
その手があったか──と、ぱちぱちと手を鳴らす。
「妙案だよ、とも君。そんな抜け道が用意されているとはね。もしかしてとも君……天才?」
「まぁね」
ニヒルに言葉を返し、俺はサッと髪を掻き上げた。
我ながらキャラ崩壊していると思うが、ノリというのは大切だ。
「あとは……何を食べようかな? 今日はとも君だけだし、遠慮は……無用?」
「何でそこで疑問形になるのか分からないけど、まぁそうだね。俺しかいないし遠慮なく好きな物を好きなだけ食べなよ」
「やった。じゃあ、いっぱい食べよ」
鼻歌でも歌い始めそうなくらい上機嫌にメニューを眺める涼香。
小さい頃からずっと涼香と一緒にいた俺には分かる。これから凄まじいことが起こるということが。
メニューと睨めっこすること数十秒、涼香はちらっと厨房の方へ視線を送った。するとそろそろ注文が来るだろうと待機していた店員さんが接客スマイル全開でこちらにやって来る。
「ご注文をお伺い致します!」
「抹茶ラテのアイスとホットを二つずつ。あと白玉ぜんざいをお願いします」
「はーい」
メモ帳に注文の品をサラサラっと書く店員さん。その視線はすぐに涼香に向けられる。
「お客様はどうされますか!」
「んと、わ、わたしは……その、あの……」
ここで涼香のコミュ障が発揮される。
だが、俺も店員さんも涼香がこうしてキョドってしまうのは織り込み済み。それでもこうして温かく見守るのには理由があるのだ。
「……どきどき」
店員さんは手に持っていたメモ帳とペンを制服のポケットにしまい、代わりに黒い四角い金属──ボイスレコーダーを取り出す。そしてその時がいつ来ても良いように親指をスイッチに乗せる。
「すー……はー……。わ、わたしも白玉ぜんざい──」
そして遂にその時が来る。
俺はすかさずスマホを動画撮影モードに切り替え、店員さんはボイスレコーダーのスイッチを押した。
「──を3つと団子三点盛りを5つとずんだ餅と葛切りのセット5つとクリーム抹茶白玉パフェを3つとサクサク餡ドーナツ4つと〆に水ようかん5つおおおおおお願いします!!」
「かしこまりましたぁぁっ!!」
ボイスレコーダーを止めると同時に店員は厨房に駆け出した。
緊張のあまり早口になってしまう涼香の注文は、聞き取るよりも録音した方が確実なのだ。俺もここの店の店員も、もはや名物といってもいいくらい見慣れた光景ではある。
「にしても、本当に遠慮なくいったね」
「た、食べたかったんだもん」
この小さな体のどこに、あの注文量をすずしい顔で食べきってしまうスペースがあるのかは──まぁ、永遠の謎だ。
to be continued
次回の更新は『9/24 21時』です。