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ピラミッド・ソング  作者: 白坂 夏実
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1 昨日クーラー入れっぱなし

 朝起きると肌寒かった。昨日クーラーを入れっぱなしで寝たせいだ。特に何をやっていたわけではないんだけど、部屋の明かりをつけて音楽もつけずにベッドの上で壁にもたれてぼうっとしていたら、いつの間にか時間が経っており、気づいたら午前3時だった。

 

 そこから冷たい部屋の中、柔らかい布団に潜り込んでヌクヌクとしていたら、クーラーのスリープモードもつけずにそのまま寝てしまったわけだ。

 電気代がもったいない。部屋は遺体安置所みたいに冷え切っている。僕は毛布代わりのタオルケットを体から剥ぎ取るようにして、部屋のカーテンも開けずに階下に降りた。

 

 1階は陽の光でいっぱいだった。眩しいくらいに。

 僕はキッチンに入り、冷蔵庫を開けて牛乳を取り出した。もうすぐ空になりそうだったから、そのまま口をつけてがぶ飲みをする。掛け時計を見ると、もう午後3時だった。12時間ちかく寝ていたことになる。 

 空になった牛乳パックをゴミ箱に捨て、クーラーをつけた。水をコップに入れ、テーブルに座る。今日はアルバイトもないし、数少ない友達との約束もない。僕は階段下の電話機をぼんやりと眺めた。何人かの顔が目の前に浮かんでは消えていった。特に電話をかけてみる気にはなれなかった。今日は何にもなければ一人で過ごすことになりそうだった。


 歯を磨いてからシャワーを浴びた。ふかふかのバスタオルで体を拭いて、あらかじめ用意してあった紺色のショートパンツと、白地のウィンドペンの半袖のシャツに着替える。服からは古い洗剤の匂いがした。そのまま脱衣所の鏡の前に立ち、ポマードで髪を簡単に整えてから浴室を出た。

 

 キッチンでまた水を一杯飲み、居間のソファーに深く座り込んで、爪を切った。外の光は最盛をすぎて、少し優しくなっている気がする。カーテン越しに庭の木がもったりと揺れているのが見えた。実際には蒸し暑いのかも知れないが、冷たく乾いた室内から見ると、それは午睡を誘うそよ風のように見える。僕はソファーから立ち上がり、爪を綺麗にかたずけた。

 二階の自室に戻り、カーテンを開け、そのまま窓も開けた。机の引き出しから安物のカシオの時計と、金の細いネックレスを取り出し、身につける。机の上に散らばっていた財布と携帯電話と原付のキーをポケットに入れ、壁に掛けてある半帽のヘルメットを持ち、また窓を閉めた。


⭐︎


 水色のリトルカブを走らせながら、どこに行こうかとぼんやりと考えた。のんびりと海に行ってもいいし、横浜や東京に行ってもいいなとも思う。

 考えがまとまらないまま走っていると、なんとなく駅前まで来てしまったので、バイクを停めてブラブラと歩くことにした。

 

 本屋で立ち読みをし、雑貨屋で買う予定のないものを物色したりしていると、おなかが減ってきたので蕎麦屋に入った。たまに行く蕎麦屋だけど、味の良い割にいつもあまり人が入っていないのが気に入っている。その日も空いていたので、人が側にいないテーブル席に座った。すぐに注文を取りに来た女性に冷やしたぬき蕎麦と生ビールを注文し、待った。

 カウンター上のテレビを見るとも無く見ていると、男のテレビリポーターが噴水で遊ぶ子供達を背景に東京が36度越えの夏日であることを伝えていた。へえ、そんなもんかなと僕は思った。


 この街は海風が通るから、割と涼しいのかもしれない。


 先にビールが来たので、ゆっくりと飲んだ。ちょうど半分ほど飲んだところで、蕎麦が来たので、黙々と食べた。蕎麦を一気に食べ終えると、一息つき、残りのビールをまた無心で飲んだ。飲み終えたところでもう一杯飲みたい気分になったけど止めておいた。僕はあまりアルコールに強くないし、これからどこに行くかもしれないのに酔いすぎるのはあまり好むところではなかった。

 勘定を終えて外に出ると、急に蝉の声が耳についた。緑の木々は強い日差しを受けてさらに輝き、全てが夏めいて見えた。大きく息を吸うと海の匂いがした。目を閉じて耳をすますと遠く波音が聞こえてきそうだった。軽い酔いが頭の中を万遍なく水びたしにしているような感覚があった。気持ちがいい。電車に乗って、どこか、知らない街に行ってみようと思った。


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