♠15♠ソフトケース 水平線と冷静 青を見る
「アジフライおいしいね」と山田さんは言った。
「そうですね。アジは好きです。何回たべても飽きない」
「私は普段魚をあまり食べないんだ」
「そうなんですか」
「うん」
僕らは定食を綺麗に平らげるとしばらく沈黙して目の前の海景を眺めた。海は非常にのんびりとしているように見えた。のんびりとして、凛としている。水平線まで見渡す限りの紺碧だった。空は薄い水色。そんな水色の高いところを時折鳶が円を描いてゆったりと回っていた。
「一服していいですか」
「いいよ」
僕はカバンからキャメルを取り出し、ビニールを解いて、封を切った。タバコを一本取り出し、緑色の百円ライターで火をつけた。葉っぱの燃える乾いた音がした。煙を大きく吸い込み、吐き出す。頭が少しぼんやりとして、指の先がわずかに震えた。山田さんは何も言わず、僕のそんな動きを一つ一つ眺めていた。まるで誰かを思い出しているように。
「ねえ」と山田さんは言った。
「ちょっと、いいね、こんなひとときは」
「そうですね。とても落ち着きます」
「鳶が鳴いているね」
「そうですね」
「君は私のこと好き?」
「好きです」
「どうして?」
「僕は山田さんのその挙動と世界が織りなす反応がとても好きなんです」
「君はなんか、褒めるのがうまいね」と山田さんは言って笑った。
「そう思うのは山田さんだけですよ」
店を出ると、僕は山田さんの手を握った。山田さんは僕をちょっと見上げたけど、特に何も言わなかった。僕らは黙っていくつか階段を上がり、島の頂上にたどり着いた。頂上は広い広場になっており、寂れた野外のゲームセンターと、植物園の入り口がある。植物園は改装中で閉園していた。錆びた背の高い門扉に閉園中の看板がぶら下がっていた。
「ここが頂上なんだね」
「そうです」
「植物園やってないね。ちょっと残念だな。灯台の展望台行ってみたかったんだけど。私結構、展望台が好きなんだよ」
「そうなんですか」
「うん。レトロっぽい感じが残っているものが多いでしょ。あと、単純にあれが好きなの。お金入れてみる、望遠鏡」
「それなら、あの、ゲームが置いてある広場の裏にありますよ。見に行きますか」
「うん。行こう」
僕らは賑わっているゲームセンターを抜けて奥の望遠鏡にたどり着いた。展望台には誰もいなかった。望遠鏡は海に向かって横に並んで2台設置されていた。どちらもかなり昔に設置されたものらしく、錆が目立った。
「これ角度的に海しかみれなそうだよね」
「そうですね」
「何を見るのかな」
「何でしょうね。空気が綺麗なら大島が見えそうな気がします。あとは水平線ですかね」
「なるほど。とりあえず、見てみよう」
山田さんは望遠鏡に百円を投入し、望遠鏡を覗き込んだ。
「何か見えますか?」
「うーん。大島は見えないね。水平線は見える。なんか、水平線て、ぼやけているね」
山田さんはしばらくして望遠鏡から顔を離すと、僕に見るように促した。
「何か見える?」
「青がいっぱい見えます」
「水平線は?」
「見えます。なんか、ぼやけてますね」
「他には?」
「何もみえないですね」
「本当に?」
「本当に何も見えない」
時間が来るまでそんな青をじっと見続けていた。