■12■ホラービデオ 奇譚 ライフ・ガード
池田の家でビデオを見ていた。ホラービデオだ。
それは夏の恒例行事だった。レンタルビデオ屋の隅に置かれている「本当のホラー映像」を発掘し、帰りにコンビニでジュースや食料を大量に買い込み、日中の明るいクーラーの効いた部屋で鑑賞する。
開催するのは晴れた日の日中のみと決まっていた。雨が降った日は、代わりに戦争映画を借りてそれを見た。
「これは嘘だな」と池田はポテトチップを食べなが言った。
「そうなの?」
「最初っからこの廊下の奥にピントが合ってるだろ、あと、外の場面も何もないとこにカメラを向けていて、そこに何かが現れてた。そんな偶然はない」
「言われればそうかも」
「俺は実際、見たことがあるけど、こういうもんじゃない」
「そうなんだ」
「それは絶対にはっきりとしてんだ」
「なるほど」
あ、これは本物っぽいなと池田は言った。
それは何か特別なものが写ったり、起こったりするようなものではなかった。
ただ、仄暗い旅館の中をカメラが徘徊するだけの映像だった。
撮影者を含め人物は一人も写っていなかった。
夜なのか、夜に見えるフィルターをかけているのかは判別できなかったが、
夜の虫の声が時折聞こえるので、おそらくは夜に撮影されたものなのだろう。
「これ、なにも起こらないね」と僕は言った。
「そうだな。普通に考えるなら、編集部にもまともな人間がいるってことだな」
「そうなの?いったい何の目的でこんな映像をとったんだろう?」
池田は少し考え込んだ後、「何かのメッセージじゃないか?」 と言った。
「メッセージ?」
「おう。普通では伝えられないものを伝えようとしているんだ」
「そうなのかな」
池田は停止ボタンを押して、ビデオデッキからテープを取り出した。
「この映像はそれほど古くないな。それで、やっぱり本物だよ」
「どうしてわかる?」
「勘だよ。理由はない。ただ感じるんだな」
池田はそう言うと僕に腕を見せた。そこには鳥肌がびっしりと立っていた。
「これが出るときはそういうことなんだ」
「どういうこと?」
「ほんものってこと」
「深層心理で怖がっているんじゃなくて?」
池田は首を振って真剣な顔をして僕を見た。
「俺は小学校3年のときからお前とつるんできたけど、これは言ったことがないよな」
「なに?」
「俺はな、怖いとか、そう言う感情がないんだ。怖い以外にも楽しいとか、嬉しいとか、綺麗な景色をみて感動するとか、そう言うのが一切ない」
池田は立て続けに言った。
「ただ、怒りだけはあるんだ」
「怒り?」
「そう、多分根深いんじゃないかな人間のそう言った感情は。どこか、脳みその、こう、周辺じゃなくて、中心みたいなところにあるのかも」
「その怒りがどうしたの」
「怒りは俺は感情レベルじゃなにも感じないんだ。ただ、こんな風に鳥肌が立つ」
池田はそう言うと僕の目の前にもう一度鳥肌でびっしりと埋まった腕を見せた。
「ふつう、鳥肌って、恐怖を感じたときに出るんじゃないの?」
「恐怖と怒りはとても近いよ。俺にとってはそれを区別することはない。ただ、反応としては攻撃がでるから、怒りって思うんだ。この映像からは何か、確かなものを感じる」
「それはどういった種類のものなの?」
「種類?」
「例えば、幽霊とかさ」
池田はちょっとぼけっとした顔をした後、答えた。
「幽霊かどうかはわからないな。俺にわかるのはそうだな。。危険なものがどこかにある気がするってこと」
「危険なもの?」
「そう。それに、お前気づかなかったか?」
「なに?」
「変なのいただろ」
「変なの?」
「はっきり映ってただろ?バスルームが暗くなった後に」
「気付かなかったな」
池田は立ち上がると、どこからか紙を持ってきてビデオテープのラベルにクレジットされている製作会社の名前と住所と電話番号をメモした。
「この映像の場所に行ってみるか」
「ん?行くの?」
「おう。夏休みには冒険も必要だべ」
「危ない気がするな」
「ひとつくらい危険がないと夏休みじゃないだろ」
彼は何故か眩しそうにぺットボトルに入ったライフガードをがぶ飲みした。