108 終わり
最終回
授業が退屈だったのでプール裏の木陰にいた。
僕は昇降口の自動販売機で買った炭酸水で白い錠剤を飲み込んだ。錠剤は砂糖菓子のように素早くしゅわしゅわとすぐに溶けてなくなった。僕はもう一口炭酸水を飲んでから、近くに茶色になって落ちている乾いた松の葉を適当に手で払ってそこに寝転んだ。背中のコンクリートは太陽の熱で乾き、暖かかった。 昨日押入れから出したばかりの紺の長袖のカーディガンからは樟脳の匂いが漂っていた。僕は瞼を閉じて、秋の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。昼まではまだ幾らかの時間があった。僕がポケットに入れた文庫本を取り出そうとすると、誰かが僕の枕元に座った。見上げると紺色のスカートから伸びている白い太ももが目に入った。
「ここにいると思った。サボって大丈夫?」
「よく、サボりすぎて卒業できない夢を見るんだ」
「なにそれ?わけわかんない」と彼女は言って笑った。
「君もサボってる」
「あなたを探してたのよ」
「どうして?」
「さあ、理由は忘れちゃった。とにかく、津野川、怒ってたよ」
「へえ」
「へえ、じゃなくてさ」
「怒るなんて親切だね」
「変な人」
「僕を探すなんて君も変だよ」
「ふふ、そうかもね」
彼女は空になった紙パックのイチゴミルクをストローの先でぶらぶらさせていた。夏休みが終わって、彼女はまた、さらに髪の毛を短く切っていた。
「ねえ、今日、藤沢の映画館であの映画の上映が始まるみたいだよ」と彼女は言った。
「行きたい?」
「まあ、少し」
「じゃあ、今から行こうか?」
「今日、文化祭の準備あるみたいだけど」
「まあ、いいじゃん。文化祭にはまだ時間があるよ」
「こんな人だと思わなかったな」
「残念だね。こんな人だよ。僕は。それで、行く?行かない?」
「じゃあ、折角だから行こうかな」
「じゃあ、行こう」僕は寝転ぶのをやめてコンクリートの上に彼女と並んで座った。
「白川、その髪型似合うよ。とても可愛い」と僕は言った。
「そう?ありがとう」と白川は少し頬を赤らめて言った。
じゃあ、行こう。と僕は言って彼女の手を取ってコンクリートの上から飛び降りた。コンクリートの下は雑木林になっていた。僕は彼女の手を引いて駐輪場へと向かった。
途中、白川は読みかけの本はいいの?と僕に尋ねた。良いんだ。と僕は言った。
僕は握った彼女の手を決して離さないのだから。