♠10♠ デートを続ける 階段を上る 通り過ぎる
国道134号線の下を通る階段を下った。暗いトンネルを抜けて階段を上がり、こちら側と江の島をつなぐ広い橋に出た。
入り口にある大きな灯篭を見て、山田さんはこんなのがあるんだ。と言った。僕が写真、撮りましょうか。と言うと、山田さんは黙って灯篭のそばに立った。僕はバッグからカメラを取り出し、彼女の写真を撮った。山田さんは周囲の人を意識して少し恥ずかしそうだった。
僕らは橋をゆっくりと渡り、青銅色の鳥居をくぐって、島に入った。
「へえ、お店がずらりだね」と山田さんは言った。
「昔からの参道ですからね。結構上までありますよ」
「ふうん。楽しそう。あ、あれはなに?」と山田さんは湯気の上がっている一角を指した。
「あれは、女夫饅頭ですね」
「めおとまんじゅう?」
「ふかした饅頭ですよ。一口サイズの」
「ちょっと行ってみよう」
店の前には行列ができていたので僕らはそれに加わることにした。
「なんか、お酒の匂いがするね」
「たしか、酒饅頭だったとおもいます」
僕らは饅頭を一つずつ購入し、それを食べた。
「優しい甘さだね」
「そうですね」
「ねえ、お土産やさんも行こうよ」
「いいですね」
僕たちは適当な土産物屋に入り、物色した。
「なんか、懐かしい感じだね」
「そうですね。とても懐かしい」
「懐かしいものが多すぎだね。目移りしちゃう。君、そういうのが好きなんじゃない?」
「そうかも」
「あ、敬語じゃない」
「たまたまですよ」
「タイム・トリップしているみたいだね」
「タイム・スリップじゃなくて?」と僕は言った。
「タイム・トリップでいいの」と山田さんは笑った。
店内にはペナントや、どこの観光地でも売っていそうな木刀やキーホルダー、提灯などが陳列されていた。それらにまじって貝細工や工芸品なども置いてある。どれも値札が日焼けており、少なくともここ十年くらいは動きがないように見えた。
山田さんは楽しそうに店内を見て回っていた。イルカの天秤を指で小突いたり、色のついたオイルと水を使ったスノードームのような置物を手にとって熱心に眺めたりしていた。
やがて、山田さんはキーホルダー売り場に止まり、しばらく動かなくなった。
「キーホルダー見てるんですか?」
「うん。すごいよ。いろいろある。ジッポライターがついたものとか、麻雀の牌をかたどったものとか、80年代のキャラものとかもあるよ。私、好きなんだよね。こういうの」
あ、これと言って山田さんは一つのキーホルダーを手にとった。それはこの地方をモデルにした80年代の漫画のキーホルダーだった。
「これ、ちょうど2個ある。二つ買って君に一個あげよう」
「この漫画は読んだことありますよ。。いいんですか?」
「うん。買おう」
山田さんはそう言うと、キーホルダーを二つとってレジに向かい、会計を済ませた。店を出ると、僕に小さな手作りの紙袋を渡してくれた。
「はい、これ」
「ありがとうございます。身近なところにつけます」
「ふふ。別に見えるところにつけなくてもいいよ。机の中に仕舞って、忘れてしまってもいい」
店の立ち並ぶ坂道を登りきると、大きな赤い鳥居に行き当たった。その先には急な登り階段が続いている。
「これ、分かれ道になっているね」
「そうですね。まっすぐいって、あの竜宮城のようなアーチをくぐって階段を登りきると江島神社に出ます」
「こっちの細い道は?」
「こっちの道は、少し回り道のような感じで江島神社の前までも行きます。そこから神社に行くこともできるし、それを通りすぎて進むこともできます」
「そうなんだ。君はいつもどっちから行っているの」
「僕は脇道の方ですね」
「どうしてそっちなの?」
「とくに考えたこともないんです。昔からの習慣ですね」
「そうなんだ。じゃあ、今日はまっすぐ行こう」
赤い鳥居をくぐり、階段を登った。少し先にある竜宮城の入り口にあるようなアーチの前で他の観光客にお願いして、二人並んで写真を撮った。
アーチを抜けると、右に曲がっている階段を登り続け、江島神社にでた。日陰の階段をあがってきたので、余計に明るく、開けた場所にでたように感じる。結構、きつい階段だったね。と山田さんは少し息をあげて言った。僕はそれに同意した。
僕らは少し休んでから江島神社の境内を通り過ぎ、ゆっくりと歩き出した。
神社を出ると道は細くなる。周囲は松並木に囲まれ、道は自然と日陰になった。黙って坂を登り、急な階段を上った。途中、平地になったところでまたいくつか別の神社があった。山田さんはそれぞれの社の前に建てられた由緒が記載された案内を興味深かそうに読んだ。僕はその後ろ姿を眺めていた。
神社地帯を抜けると、道沿いにはまた店が立ち並ぶようになっていた。土産物屋や、定食屋、民宿や、菓子屋などだ。
「こんなところに民宿があるんだね」
「そうですね。中はどうなっているんですかね。ちょっと興味ありますね」
「行ったことないの?」
「ないですね。江の島に泊まるっていう発想がないです。近いですからね。割と」
「そうか。でも、ちょっと楽しそうだよね」
「そうですね」
「今度一緒にこようか」
「それは楽しそうですね」
僕は腕時計を確認して今が正午より30分ほど前であることを確認した。
「少し早いですけど、休憩がてらご飯食べないですか?」
「いいね」
僕らは近くの定食屋の前を何軒か確認し、景色が良さそうで、なるべく気取っていなさそうな定食屋を選んで中に入った。
本格的なお昼の時間には早かったため、店内は空いていた。僕らは海景が一望できる窓際の席に案内された。山田さんと僕は向かい合って座り、渡されたメニューを確認した。
僕と山田さんは同じアジフライの定食に決め、店員を呼び、それを頼んだ。山田さんは料理がつくまでの間、黙って海景を眺めていた。僕も同じ方向を眺めた。海は初夏の太陽の光をいっぱいに浴びてどこまでもキラキラと輝いていた。