♥♥105♥♥本当のことはそこにある
黒猫が鳴いて示した場所には何もなかった。正確に言うなら、周囲に比較しても何もなかった。その場所は雑草やゴミがきれいに円形に排除された場所だった。円の直径は2メートルほどで、ただ、こげ茶色の土が剥き出しになっていた。私はその地面を足の裏で蹴り上げ、少し掘ってみたが、特に変わった様子はなかった。ただの土むくれだ。下に何かが隠されているような気配もない。私はバックパックを下ろし、その土むくれの上に仰向けに寝転んだ。寝転ぶと汚い土と野放図な雑草の匂いがむっと匂った。空は薄いグレーに覆われていた。急に周囲の何もかもが色彩を失っていっているような感じがした。いや、と私は思う。色彩はとっくに失われていたのかもしれない。ただ今、改めて認識しただけなのだ。私は歯をカチカチとリズムよく合わせた。それは私の昔の癖だった。猫はどこに行ったのだろうと私は思う。鈴の音がして私はその生物が私のすぐ横にいたことに気づく。ほんの顔の横だ。猫は私が気づいたことに気づくと、一声鳴いて、その場所にゆっくりと寝転んだ。空にはUFOが飛んでいた。それはラジオのチューニング音のような奇妙で不快な音を立てながら、ただそこに浮かんでいた。
「もう、ここでいいの?」と彼女は言った。
「いいんだ」と僕は言った。
「でも、君の友達はそれを望んでないよ」
僕は手をこすり合わせた。UFOはまだ、遥か上空にいたが、その目に見えない放射は僕の全身の骨を内側から確実に痛めつけていた。
「もう、疲れてしまったんだ。。多分、年を取りすぎたんだね」
「でも、君は随分上手くやってるよ。みんなも褒めてる」
僕は首を振った。
「時々、自分が水槽の中の古い金魚のように思えるんだ。何も喋らず、どこにも行けない。ただ、繰り返しの夢を見るだけの。。。」
そんなことはないよと彼女は優しい声で言った。
「君は金魚じゃなく、君以外の何者でもない。過去も未来も量子力学も世界を隔てる壁も関係なく。。。それに大人になった君も素敵だよ。本当に」
「そうかな?どうしてもそうは思えないんだけど。。でも君にそう言われるとここまで来たのも悪くないように思えるね。。。どうもありがとう。。。」
「どういたしまして」
「ねえ、一つ聞いていい?」
「いいよ」
「君は今までもずっと僕のそばにいたの?」
「。。。。そうだね。私はいつも、どこかであなたのことを考えていた」
遠くの方から猛スピードでこちらに向かうモーターボートの音が聴こえていた。僕は体を起こして座り込み、ポケットから拳銃を取り出した。何もかもがスローモーションで過ぎ去っていくようだった。
「遠足の帰り道のことを憶えている?」と彼女は言った。
「私たちは久し振りに同じクラスになって隣の席に座った。外はオレンジ色の太陽の光に照らされて、松並木の切れ目からは、煌めく海が見えていた」
「うん」
「あなたはリュックサックの後ろのポケットからイヤホンを出して、私たちは一つずつそれを耳にあてた」
「憶えてるよ」
「あの時、流れた曲を憶えている?」
「もちろん」
その時のことを思い出してと彼女は僕の左肩にもたれかかり、耳元で囁いた。
「忘れないで。本当のことはそこにあるの」
辺りに乾いた銃声が一つ響いた。僕は物のように倒れ、辺りが真っ赤に染まった。でも、それが誰の血なのか僕にはわからなかった。