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ピラミッド・ソング  作者: 白坂 夏実
105/110

■103■いとも簡単に消えてしまう

奇妙な廃屋から続く旅館から帰還した次の日、

アカネの痕跡は「この世界」から跡形もなく消えていた。。

 池田と別れた次の日に僕はすぐにアカネの家を訪ねてみた。

 アカネの家があるはずの場所には2階建ての黄色いアパートが3棟建っていた。

 僕は念のため、そのアパートの部屋の表札を一つ一つ確認したが、アカネの名字にあたるものはなかった。同じ足で江ノ島にも行ってみたが、結果は同じだった。

 

 アカネの祖母の土産屋が失くなっていた。家とは違い、それは物理的に無くなっていたわけではなかった。そこには以前と同じように外観の変わらない土産物屋があったが、中に入ってみると、そこにアカネの祖母は居らず、見知らぬ男性の老人に変わっていた。いらっしゃいと僕に声をかけた店員は中年のメガネをかけた愛想の良い女性だった。

 僕は自分の他に誰もいない店内を観光客のふりをして物色した。アカネがいた時の店内と置いている商品は微妙に違ったが、名前や、見てくれが変わるだけで、ほとんど同じだった。変換の方法が違うのだけれど、元は同じといったような感じだ。類義語、同一変換、その手の感じだった。

 僕は店の奥にある上がりを見たかったが、そこはガラスがはめ込まれた木戸が閉められており、確認することはできなかった。ただ、薄いすりガラスの向こうにぼんやりと見える青い色でそこから海が見えるのが慮れるだけだった。僕はその店で、ペプシ・コーラと薄ピンク色の斑点のある白い巻き貝のキーホルダーを買った。店員の女性はコーラをビニール袋にキーホルダーを手作りの小さな紙袋に詰めてくれた。袋には江ノ電や、江ノ島や、大仏が薄い水色でプリントされていた。「ありがとうございます」と女性は言った。

「どうも」と言って僕は店を出た。

 ペプシ・コーラをビニール袋から出し、キーホルダーをバック・パックにしまった。

 コーラを飲みながら、少し先にある植物園前の広場まで歩いた。夏の日差しは強く、少し歩いただけでも額に汗をかいた。

 夏休みの広場はいつもより賑わっていた。普段は寂れたようになっている軽食屋のテーブルや、ゲームコーナーも多くの人で賑わっていた。僕はざわめく人々を避けるようにして広場の縁を歩き、裏側にある人気のない場所の所々錆びている赤いアルミのベンチに腰掛けた。ベンチからは群青色の相模湾を一望することができた。それはアカネの祖母の店から見える景色とほとんど同じような景色だった。

 僕は額から出る汗をハンドタオルで拭いてコーラを半分ほど一気に飲んだ。ベンチの背にもたれてTシャツの襟ぐりをはためかせると、木陰に吹く涼しい風が僕の体から上手く汗を引かせていってくれた。目を閉じてじっとしていると、まぶたの裏に色々な幾何学模様が浮かんでは消えていった。離れたところにある人々のざわめきが波のようにうっすらと聴こえた。それは夏というよりは春の公園か何かで聴こえる暖かなざわめきのようだった。僕は何故か少年野球の試合後におにぎりを食べていたことを思い出した。あの時、雨の境目を初めて見たのだ。でも、その記憶も本当にあったことなのか、いつ、どこでのことなのかはっきりと分からなかった。だいたい僕は団体競技が嫌いなのだ。

 鳶が鋭い声をあげて鳴いた。僕は目を開けて、眼前の風景に目を凝らした。それはどこまでいっても変わらない90年代の夏の海の風景だった。


あの場所にもどらないといけいないなと僕は思った。

僕は彼女を失うわけにはいかない。


「もしもーし」

「今大丈夫か?」

「大丈夫だよ。どうかした?」

「ちょっと、連れてって欲しいとこがあって、今から来れる?」

「いいけど、今どこよ?」

「江ノ島」

「オーケー、1時間くらいかかるけど、構わねえ?」

「いいよ。悪いな」

「全然いいよ、じゃあ、橋渡ったところロータリーでいいか?」

「そこに事前に立っておくよ」

「オーケー」

「じゃあ、よろしく」

「おう、じゃ後で」

 僕は電話を切ると、来た道をそのまま戻り、江ノ島を降りた。

 池田は1時間30分後に現れた。彼が遅れるのはいつものことだった。

 彼が僕の横に青いサニーを停車すると、僕は黙って助手席に乗り込んだ。

「わりいな、どうしても外せない用事があってさ」と池田は車を発進させると当時に言った。

「そんな時にわりいな」

「全然いいよ。バイクできてないの?」

「うん。電車で来た」

「そうなんだ」

「なんだか、歩きたい気分でさ」

「こんな暑い日に、イカれてんな」池田はカーステレオの音量を少し大きくした。

「ラジオ?」

「おう」

「珍しいな」

「たまに聴いてるぜ」

「そうなんだ」

 池田は江ノ島の橋を渡り終え、左折のためにハンドルを切っている時に「それで」と言った。

「どこに行く?」

「この前行ったところ」

「あの、イカれた空き地?」

「そう。大丈夫?」

「まあ、構わねえけどさ、ていうか、予想はしてたけど」

「さすが」

「まあな、付き合い長えし、それくらいわかる。でもわざわざ俺を呼び出したってことは、まあ、必要だったってことだよな」

「うん。車でいきたいってのもあったんだ」

「なるほど、同じ道を戻るってのが必要ってこと?」

「まあ、その通り」

「オーケー、とことん行こうぜ」と池田は急に乗り気になったように言った。

「中に入るのは僕一人でもいいよ」

「何言ってんだよ。俺もお前に話してないことがあるんだ。俺も行くよ」

「そう?」

「ああ、実は俺もまたあそこに戻ろうとしてたんだ」

「なるほどね。同じことを考えてたわけなんだ」

「やろうとしていることは違うかもしれないけどな」

 しばらく走った後で、池田はふと言った。

「今日、花火大会なの知ってたか?」

「そうなの?」

「今年は行けそうもないな」

「おそらくね」


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