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ピラミッド・ソング  作者: 白坂 夏実
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99 普通のこと

丸二日間の停電の後、僕は白川とバイクを二人乗りして出かけることとなった。

普通のこと、リアルに思えること。複数のストーリーが一本になること。


 僕は日をまたいで1時間ほどしても、そのままの状態でじっとしていた。

 携帯電話を弄って、や行に一つしかない山田さんのアドレスを確かめた。

 何度かそこに電話をかけていたが、いつも同じようにその電話番号は存在しないといったアナウンスが流れるだけだった。一度メールも送ってみたが、やはり返事はなかった。

 携帯電話に映るアドレスにはどこか使命が終わったような清々しさがあった。少し前まではそれは呪術的な力を持ったもののように思えたのだが、今はどこにでもあるただの数字や記号の羅列でしかなかった。

 

 午前2時過ぎに白川からメールがあった。そこにはまだ寝れないということと、乾いた風の音のことが書かれていた。それがとても息苦しいと。僕は同意して、それは只の風の音で自分の中のものとは違うと思うよといった内容のことを返信した。多分そういう時代は終わったんだよと。


⭐︎


「変ないいかた」と白川は言った。

「そうなのかな?」

「うん。あなたの言い方は特徴があるよ。知らなかった?言われたことない?」

「言われたことはあるよ」

「いろんな人に?」

「いや、一人だけだけど」

「その人はあなたのこと、よく見てたんじゃないかな」

「もしかしたら、そうかもね。でもよく見たらみんな変なのかもよ」

「そうかな」

「そうかも」

「なんか、だんだんと眠くなってきた」

「それはいいね。寝な」

「うん。寝る」

「おやすみ」

「おやすみ」

 僕は結局、寝ることはなかった。


⭐︎


 停電から復旧したのは結局、台風が過ぎ去った後のことだった。つまり、丸々2日間は電気をほとんど利用せずに、僕らは過ごした。停電は初め、僕が住んでいるごく狭い地域一帯で起こったものだったが、オセロゲームの大逆転劇のように、台風の最中、その黒い規模をだんだんと広めていた。

 

 停電の間中、ちょっと面白いことがあったが、それはまた別の話だ。


⭐︎


「おはよう」と白川は言った。

 彼女は彼女の家の玄関の前に立っていた。濃い色のブルージーンズの裾をロールアップし、ドクターマーチンみたいな、黒い皮の少しゴツめの革靴を履いていた。上着には丈の短い少し生地が厚めな茶色いブルゾンを着ている。長くない髪を後ろで一つに結び、黒いバックパックを背負っていた。

「おはよう」と僕は言った。

「いい天気だね」

「そうだね。服、かわいいじゃん」

「そう?ありがとう。一応、こういう時、どういう風な格好すればよかったかわからなかったから、これでよかったのか迷ったんだけど」

「ばっちりだよ。原付だから、まあ、なんでもいいんだけど。こけなきゃね」

「こけないように頼むよ」と白川はふざけたように言った。

「当たり前じゃん。任せてよ」と僕は言って、彼女にヘルメットを渡した。

「これ、どうやってつけるの?」

 僕はバイクから下りて、説明しながらヘルメットを着けてあげた。

「取る時は、この紐を引っ張れば、勝手に解けるから」

 白川は何度か、ヘルメットの脱着を試し、覚えた。もう大丈夫。と彼女は言った。

 僕らがそんな近距離のやり取りをしているところに、家の中から男が出てきた。歳は50歳ほどだろう、白髪混じりの短髪で背が高く、ひょろりとしている。いかにも休日と言った感じで、ゆるい紺色の長めの半ズボンに深緑色のタータンチェックの半袖シャツを着ている。


「お父さん、出てこないでって言ったのに」

「いいじゃないか」とお父さんは少し笑いながら言った。顔の表情に比べて声は明るかった。

 僕は名乗って、白川のクラスメイトであることを告げた。

「バイクで行くの?」

「はい」

「気をつけてね」

「しっかりと気をつけます」

「ありがとう。娘はいい奴だろう?」

「はい。とても楽しい人です」

 お父さんは何度か頷いた。ちょっとお、と言って、白川はお父さんの背中を押して、家の中へと押し込めた。家に押し込められる前、お父さんは手を振って「娘をよろしくね」と僕に言った。僕ははいといったが、それが彼に聞こえたかどうかはわからなかった。

 ほんと、困ったひとだよと言った白川の顔は笑っていた。


「迷惑じゃなかった?」

「全然。楽しそうなお父さんだね」

「まあ、悪くはないよね」と白川は言った。僕はリトルカブにまたがってエンジンをかけ、後ろに乗るように白川に促した。

「バイク乗ったことある?」

「ない」

「そこの席の前に綱があるでしょ。それをつかんでもいいけど、基本は僕の体に腕を回して」

 彼女は僕の体に腕を回した。

「そう。それで、カーブは体を倒して曲がるんだ。僕と一緒のタイミングで構わないよ」

「わかった」

「途中、休憩したくなったら僕の体をどこか叩いてね」

 白川は僕の脇腹を叩いた。

「これでいい?」

「うん。それでいい。。じゃあ、出発するよオーケー?」

「オッケー」

 僕はギアを1速に入れて、バイクをスタートさせた。


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