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中編

 ギー・クロードは窓辺に立って外を見ていた。


「殿下、お茶をお持ちしました」


 アリアが声をかけても、『ああ』と短い返事が返ってきただけで、振り向きもしない。


 怒っている。

 これはすごく怒っているに違いない。


 アリアは机の上にティーカップを置きながら、涙をこらえた。


「あの……殿下」

「なんだ」

「ご報告が遅くなり、申し訳ありませんでした」


 思わず小さな嗚咽が漏れる。


 ギー・クロードが勢いよく振り向いた。


「アリア? 泣いているのか? すまない。考え事をしていただけだ。怒っているわけではない」

「で……でも……私……申し訳なくて……あの……すみませんでした」

「あー、泣くな」


 アリアの手からトレーがなくなった。

 ギー・クロードがそれをを放り投げるように机に置くのを呆然と見て、気がつけば、彼に抱き寄せられていた。


「泣くな」


 頭の上から声が声がした。


 なだめるような低い声。

 あの日も――


 優しい思い出に、アリアは目を閉じた。


「初めて会った時も泣いていたな」


 ギー・クロードも同じ事を考えていたらしい。

 アリアは、震える息でクスリと笑った。


「物陰でひっそり泣いていたのに、殿下に無理やり引っ張り出されて、こんなふうに慰められて、怖くて涙も止まってしまいました」

「そうだったか? 高位貴族の娘たちにいじめられたと言っていたのは覚えているが」

「そんな事は言ってません。不調法を咎められて、自分が情けなくて泣いていただけです」

「それをいじめと呼ぶのだ。下位の者をきつく叱る貴族娘の風潮は好かぬ」


 ギー・クロードは、泣いているを理由を聞き出すと、アリアの手を引いて女官長のところまで行った。

 曰く、『この茶トラの娘を自分のところに寄こせ。騎士達の癒やしに丁度よい』と。

 女官長は『猫の仔ではないのですよ!』とギー・クロードを叱りつけたものの、よいお話だからとアリアの配属先を変えてくれたのだった。


 最初は、王族特有の銀の髪も、彫像の様に美しい容姿も、ギー・クロードの全てが恐れ多く怯えていたアリアだった。が、やがて他の騎士達と同じようにギー・クロードを尊敬し、心酔し――いつしか、敬愛の気持ちは若い娘らしい恋心に変わっていった。

 とはいえ、アリアは気持ちを伝えようと思った事は一度もない。

 自分の事はわきまえている。一生ギー・クロードの側で仕えられればそれでいいと思っていた。


「アリア」

「はい」

「お前は好いた男がいたのではないか?」


 思わず顔を上げるために離れようとすると、ギー・クロードが腕に力を込めた。


「このまま聞け。誰かは知らんが好きな相手がいるとリディアから聞いていた」


 リディアは、アリアの思い人が誰か黙っていてくれたようだ。


「その男の事はよいのか?」

「片思いですから。側にいられるだけでいいと思った事もありますが、諦めます」

「諦められるのか?」


 アリアはギー・クロードの胸に顔を伏せたまま、うなずいた。


「その方も結婚されるらしいです」


 正確には、お使いで離宮に行った時、太后さまから『王弟も三十になる。そろそろ結婚を考えてほしいのだけれど、そなたはどう思う?』と問われたのだ。

 『殿下がお決めになる事に意見を述べるわけには。ご容赦下さい』と、答えたアリアだったが、ギー・クロードが妻を迎えると考えただけで動揺してしまい、王城を去るしかないと思い詰めたのだ。


「好いた男を諦めて、親の決めた相手に嫁ぐのだな?」

「はい」

「先程、よく知らない相手だと言っていたな。誰でも良いのか」

「心を通わせて寄り添える相手であれば。両親は私の事を考えて、ふさわしい方を選んでくれたと信じています」

「そうか……」


 ギー・クロードは、アリアの肩をそっと押して体を離した。

 もう少しこうしていたかったと、名残り惜しい気持ちでアリアが顔を上げると、ギー・クロードが微笑んでいた。

 口元は微笑んでいたが、琥珀色の目は眼光鋭くアリアを見下ろしている。


 これは――


 短くはない付き合いだ。アリアにも分かる。

 こういう表情の時のギー・クロードは厄介だ。

 兄王が止めるのを振り切って魔獣退治に行った時も、王妃の暗殺を図った隣国の大使を敬意の欠片もなく地下牢にぶち込んだ時も、こんな顔をしていた。


「あの……殿下?」

「なんだ?」

「やはり怒っていらっしゃいます?」

「いいや。ただ退職の件は四、五日ほど待ってくれ」

「それは、構いませんが……」


 もとより、今すぐ辞めるつもりだったわけではない。


「その間、城外には絶対に出ない事。約束できるか?」

「はあ……」


 ギー・クロードは、手を伸ばしてもう冷めたであろうお茶を一気に飲み干した。


「出かけて来る」

「はい。えっ? 午後から騎士団長様と国王陛下の元にいらっしゃるのでは?」

「急用だ。断っておいてくれ」


 ギー・クロードはそう言いって、ドアを開けた。

 ドアの前で聞き耳をたてていたらしい騎士達が、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。 


「殿下、殿下! どちらに⁉」

「お前の実家だ」


 私の実家⁉ なぜ⁉


 



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