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前編

 ドタドタ、ドカンと『!』(ビックリマーク)が付きそうな音をたててドアが開いた。


 王城内にある聖騎士団の本部詰所に倒れ込むように入って来たのは騎士団の中堅たる青の聖騎士、ジャスティンだ。


「おいおい、どうした?」

「何があった?」

「魔獣が出たのか?」

「国境で紛争か?」


 同僚の聖騎士たちが色めき立つ中、ジャスティンは脇目も振らずに、淡い褐色の髪の女官の前に跪いた。


「アリアちゃん、女官を辞めるって本当?」


 ガタイのいい聖騎士がすがるように涙目で見上げるのは、ある種異様な光景で、アリアは黒目がちのクリンとした目を驚きのあまりさらに丸くさせ、言葉もなくうなずいた。


 退職の意志を女官長に伝えたのは、つい一時(いっとき)ほど前だ。女官仲間ならともかく、もう騎士団員まで話が伝わっているとは――いくら何でも速すぎでは?


「しかも結婚するって聞いたけど、それも本当?」


 ジャスティンの質問に、先程まで賑やかだった詰所の室内がシンと静まり返った。

 戸惑いながら見渡すと、全員が固唾を飲んでアリアを見ている。


「……はい」


 緊張しながら答えると、『ハアーッ』と盛大なため息があちらこちらから漏れた。


「俺たち、全員死んだな」

「ああ、間違いなく死んだな」


 何やら物騒な言葉も聞こえる。


「相手は誰? 騎士団(うち)の奴?」

「いいえ、一般の方です。商家のご嫡男でして……」

「ええっ! いつの間にそんな人と知り合ってたの? 俺たち全員でガードしてたっていうのに!」


 ジャスティンが何を言っているのかよく分からなかったが、住込みで勤務しているアリアが城外の人間と知り合う機会がないのは確かだ。


「知り合うというか……会ったのは2回だけです。両親が選んだお相手なので」

「そうなんだ! じゃ、是非とも結婚したい相手というわけじゃないんだね? やめよ? 今すぐ白紙撤回しよ?」


 こんなに熱心に引き止めてもらえるなんて、幸せな事だとアリアは思う。思うけれど――


「ですが、私ももう二十歳ですし、一般的な結婚適齢期――」

「いや、いや、二十歳が適齢期なら、男女関係なく、ここにいる全員が逃してるから!」


 女性騎士たちが、ウンウンとうなずく。

 アリアは微笑んで首を横に振った。


「皆様は有能な方ばかりですもの。いつでも好きな時に、好きな方とご縁を結べますわ」


 アリアの胸がチクリと痛んだ。

 聖騎士団は、国中から集められた魔力が高い者の精鋭集団だ。能力があれば庶民でも重用され、貴族と結婚することも珍しくない。

 それに引き換え、自分のような特別な能力がない、貴族の末席にいるような身分の者は恋をしたところで……


 どこか寂しげなアリアを見て、うわぁ……と、その場にいた全員が頭を抱えた。


「どうすりゃいいんだよ」

「アリアちゃんがいなくなったら、我々の希望が!」

「絶望に染まる」


「もう! 皆様、大袈裟ですね」


 アリアは十四の歳に王城に出仕してから、そのほとんどを聖騎士の側で勤めてきた。

 団のマスコットだと言われ、騎士達には本当に可愛がってもらった。

 女官になりたての頃、アリアが広い城内で迷子にならないようにさり気なく付き添ってくれたロイド。

 仕事でしくじって落ち込んでいた時、『よくある事さ』と慰めてくれたエミール。

 一番の仲良しで、非番の日には一緒に城下で遊び、姉のような存在だったリディア。


 毎年、誕生日にはこの詰所でお祝いのお茶会を開いてもらったっけ……


 しみじみと騎士達の顔を見渡して、琥珀色の瞳と目が合ったアリアは悲鳴を上げそうになった。


 騎士達の一番後ろで腕を組み、じっとアリアを見つめていたのは――


 ギー・クロード殿下。


 王弟にして、聖騎士団副団長を務める人物で、アリアの直接の上司でもある。


 いったい何時からそこにいらしたのだろう?

 退職するならまっ先に伝えるべき相手だというのに、こんな形でお聞かせしてしまうなんて!


「アリア」


 ギー・クロードの声に、全員が一斉に後ろを振り向いて、『あちゃー』とか『マジか』と呟いた。


「執務室にいる。お茶をくれ」


「かしこまりました」


 ああ、恩ある方になんて不義理をしてしまったのだろう!


 奥の部屋に入っていくギー・クロードを見送り、申し訳なさに泣きそうになっているアリアの頭をリディアがポンポンとたたいた。


「謝っておいで。心を込めて、殿下に伝えて来なさい」

「でも、リディア」

「自分から逃げたりするからこういう事になるの。勇気をだして。ね?」


 リディアの言うとおりだ。


 縁談がまとまってから一か月。

 アリアはつまらない理由をつけてはギー・クロードへの報告を先延ばししてきた。

 とはいえ、結婚式まで半年もない。

 準備しなければならない事は山のようにあり、休暇を取ることも増えるだろう。そこで、踏ん切りをつけるために、先に女官長に退職の事を話すことにしたのだ。


 いいえ。そもそも結婚自体が『逃げ』なのよね。


 アリアは騎士達の励ましの声を背に、ギー・クロードの執務室のドアをノックした。




7/3

Σ( ̄Д ̄;)アリアとリディアを間違ってた箇所を修正。

すんません…


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