1-4 加速する世界と揺がぬ才能/one of truth, diverge its fates 202X/2048(3)
インテリクソ眼鏡。このあまりに語呂の良い悪口で呼ばれた(呼んだが正しい)男、丸山忠は、あろうことか私たちが所有する情報を盗み、この場を去った。
「私が持っていた情報だから私たちって解釈しないでね〜」
「うぐっ、別にいいでしょ!!佐紀ねえは味方なんだし。」
「利用しているだけかもよ〜」
「軽口言う余裕はあるんだ。」
「まあ、天才と言っても所詮は表の人間だからねー。逃げられる筈ないんだけど。」
確かに。かの白衣の青年(というにはなんか妙に落ち着いてはいるが)は正攻法でのやり口で行動をしていた。裏の人間は割と裏の人間だと分かりやすい行動を取るし、それを考えれば、裏の情報を持ち、かつそれを活用してきた私たちに敵うはずがない。
「あでも、愛娘さんには逃げられるかもな…」
「なんでよ!!!!!」
なんて酷いことを言うのかしら。私はこんなにもくーるーびゅーてぃーな筈なのに、すまーとに行動できないみたいな風に言われると、正直ムカつく。開発だってできるのに。
「貴方のは開発って言わないの。」
「いてっ」
軽く頭をチョップされた。むう〜…。
「あら可愛い。」
「可愛くないし。くーるな女だし。」
「はいはい。」
しかし、外に出てから一向に科学者が見つからない。あまりにも早すぎはしないか。彼にとってはここは未開の地。データのゴーストタウンにはない道もある筈なのに、覚えが早すぎる。流石天才と言ったところか。
よくよく見れば、佐紀ねえもいつもより焦っている。それが余計に、やっぱりこれは異常事態なんだって感じ取ることができる。
「ねえ、やっぱり焦ってる?」
「まさか?…と言いたい所だけど、正直焦ってる。ここまでだとは思わなかったもの。しかもあの一瞬よ?これは間違いなく異次元よ。…本当に、あれが最後の切り札かも。」
「まあ、きっとそうなるんだろうね…」
そう。彼はきっと最後の切り札になる。表の人間をこちら側に招待してしまうのは、不甲斐ないのではあるが、間違いないのだ。もう、時間がないのだから。
と、彼を捜索しながらこの街を彷徨っていると、突然佐紀ねえが止まった。
「佐紀ねえどうしたの?」
「…?妙なの。」
「?特に何もなさそうだけど。」
「何もなさすぎなのよ。」
そういえば。外に出てから、一向に風が吹かない。ピタリと止んだままだ。
「……これ、多分、」
それを聞いた途端、全てを察した。そしてそれと同時に、私は、
「来る。」
瞬間的に、高速で現れた何かを避けた。
…まあ、来ない訳ないよね。だって、私を追いかけていた筈なんだから。
「また来たわね…人間もどき!!!!」
経験しているから分かる。間もなく、開戦だ。
※
まず、様子がおかしかったのは、環境だった。最初の観察でまず把握できたのは、Accelなんて呼ばれている人間もどきを中心に風が集まっている所だった。例えるなら、台風の目のような感じだ。
つまりは、風を味方につけている状況である。自然現象を、いとも容易く。
「…【Wind to Accel】」
「来る!!!!!!!!」
瞬間、追い風が吹く。私は佐紀ねえの合図に合わせ横に飛び込んで回避する。
ゴオオオオオオオオオ!!!!!と。
奴は私の横を訳の分からない速さで通り過ぎた。これは以前と変わらないのだが、にしては速すぎる。それも、あまりに異常だ。
しかし、様子がおかしいのは、能力だけではなかった。
あががががが「かばばばばきぁぁぁGがかがががゃかだあぁがざほながぁがががぁぁぁぁかかかかががががががががががかがががかたたざざざさざざが「「「「「がががががががかかががかあああああああああああああぁななななざざざざざざさざがががががかががががががかがががががががかががさばばばばはばばばbabbzzzz」!!!!!!!!!!!!!」zzzz」」!!
「ねえ!明らかにおかしくない!?前会った時はあんなんじゃなかったよ!!!」
「何があったか知らないけど、あれは間違いなく人を辞めているわね。…そこまでして、アレを手に入れたいの…???」
あれはもう人間もどきでもない。人間だった"何か"だ。一体、彼の身に何が起きてしまったのか。だが今は、そんなことを考えている場合ではない。
準備完了の合図かのように、再び追い風が吹く。私は再び横に飛び込もうとするが。
「もう!!!なんでこんな時に服が枝に引っかかっているのよ!!!いい加減整備しなさいっての!!!」
「早く!!!来るわ
銃弾よりも速く、それは横を通り過ぎた。しかも、スレスレだ。どうやらギリギリ避けられたらしい。…しかし、あと数センチズレていれば、私は間違いなく死んでいた。どうしてこんなギリギリでなんとかなったのだろうか。
だがその理由はすぐに分かった。
「!!!そうか、片目だから…!!!」
最初観察した時を思い出したのだが、奴の目は彼にやられたままのようで、今の今まで、片目だけ見えていなかった。どうやら、かの研究者に結果として助けられたらしい。…なんて皮肉にも程があるだろう。
などと考えていたが、それすら霞む程の狂気が、次の行動に移る。正確には、佐紀ねえの手前に止まって…前に!?
「佐紀ねえ!!!!」
「くっ!!!!!!」
佐紀ねえもこれには予想外だったらしい。顔にいつも以上の焦りが見える。
だが奴は、私たちのさらに予想を超える行動に出た。
それは何か武道のような。それでいて、本来武道にあるべきでない殺気がそこに集まっていて。…何となくでも、手の平から伝わってくるのだ、今から心臓を落とす、と。
「…は、まさかの、『発勁』の構えと来るのね…。殺傷能力高すぎる上に凶悪とか、ここまで来ると笑えてくるわ…」
「まずい!!!!!」
瞬間、佐紀ねえの方角から向かい風が吹く。チャージ完了のようだ。やがてそれは手の平に集中し、殺しの一発を彼女に向けられる。…間に合わない!!!
「クソオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
もう、間に合わない。そう思った時だった。
「ほお。中々にえげつないことをしてくるのだな。これはこれで興味が湧く。だが甘いな。今の今まで私の存在に気が付かなかったのか?まあ、気づくはずがないのだがな。」
そう言うと、彼は奴の首元に何かを注射した。というか、注射できる所まで移動できたのか?ますます訳のわからない人物だ。
そう、かの研究者、丸山忠は、Accelの土俵であるはずのこの空間に、さも当然かのように優位に立っていた。
「そしてセンスがない。知能まで捨ててメリッ
トのある能力なのか?しかも、AccelにWindを付け合わせるとは。それは元旧人類には負荷が掛かりすぎる。」
そう言うと、目の前にいた化け物に変化が起きた。
「あが、がががばだ、だ、が、ば」
なんと、知能が垣間見えなかった化物にほんの少しだけ、知性が戻ったような表情をしたのだ。
かと思えば、突如かの化物は、何かを思い起こすかのように、何かを言い始めた。
そしてこの言葉により、かの人間もどきが何を背負っていたのかを知ることになる。
「あ、ああ…また、俺は…手を汚してしまったの、か、まるであの日と、同じ、だ」
そう言うと奴は、唐突に泣き始めた。その虚な目には、確かに、人間だった頃の優しく苦しい涙があった。
「ああ、せん、ぱい、どうし、て、そんな顔している、んだよ」
「おれなのか、おれが、こわしたのか、は」
「そうだ。お前の先輩とやらは、お前が殺したんだ。ただ己の欲望を満たした代償を、お前は先輩に行ったのだ、『明石陸斗』。」
明石陸斗?まさか、それが奴の名前なのか?しかし、この短時間で名前まで特定できるとは、やはり異質だ。
「あーなるほどね…そういうことか…」
と佐紀ねえが何かに納得したかのように言い放し、ゆっくりと立ち上がった。
「貴方、どこまでなら?」
「少なくとも、今確認されている能力名とそれを使用している人物名の照合データくらいだ。名前以降の情報は全て私からだぞ。」
「…へえ、こりゃ想定外の事態だ。しかも、能力者相手にこれとは。やっぱ貴方、私たちと…いや、今はそれより、」
「ああ。」
そう言うと彼は、その明石とか言う男と若干の距離を取って、語り始めた。
それは、明石がずっと秘めていたもの。しかし、自らそれを封じたもの。
「なあ、これがお前がしたかったことか?」
「!!んな、わけ、」
「誰が動けと言った。」
「ッ!!、、!」
突如、彼に強力な電力が流れ込む。よく見れば、明石の足元に何かトラップのようなものが設置されていた。恐らく、彼が仕込んだものだろう。
「なあ、能力者。それがお前の限界だ。結局お前は、能力もないただの人間に負けているんだぞ?つまりだ。能力なんて、所詮そんなものだ。」
…どちらが悪者なのだろう。そう言ってもおかしくないやり取り、というか一方的な会話が続く。
「Aは元々あるとしてだ。お前、Wは誰かに無理やり入れ込まれたな?仮にソイツがお前の親玉としてだ。ソイツはもうお前を捨て駒にしているぞ。つまり、あの時と変わっていない。」
「!!!んな、訳、」
「否定したいか?したいよな、そうやってずっと逸らし続けてきたのだから。だがな、これは逆にチャンスなのだぞ?お前が元に戻るための。」
「…」
「……」
「…………」
「……………は、はは」
「は、はは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
突如、明石は、笑い始めた。
「なあ、眼鏡クン、どうして俺が、こんな風になったか、知っているか?」
「俺はな、あの日、負けたんだよ。」
「なんて醜いと思うだろ?でもこれを使うしかなかったんだよ。」
「最初は、サプリ程度の感覚だったさ。どうせまやかしだろうって。でもやれるだけのことはやったんだ。」
「速くなりたかったんだ。お前には陸上なんて興味の範疇には、ないだろうが。俺は、それが全てだった。」
「そして、申し訳なかった、んだよ、先輩に。いつまで経っても結果を出せなかったのが。だから、俺が考える全てを出したんだ。」
「そうしたらだ。は、滅茶苦茶早いこと。」
「もう誰にも止められないって位、この力ってのは、魅力的だった。本当に嬉しかったんだ。」
「だけどな、先輩、俺に言ったんだ、それは何かおかしい。使ってはいけない、って。」
「…なんでだよ、俺はあんたの為に早くなってやったというのに」
「どうしてだよ、俺はあんたに全てを返そうとしたのに」
「どうしてだよ、どうしてだよ」
「そしたら、プツンとキレて、気づいたら、心臓を止めてた。」
「さっきの武術がそれだ。ただうるさいから黙らせた。その程度だったってのに。」
「幸い、一命は取り留めたよ。でも、植物状態だ。だから、俺が先輩を殺したんだ。」
「…戻れる訳ないだろ。ましてや、異質な力だ。だから俺はもう、表には帰らないことにした。そうしたら、声が掛かった。」
「それは理想の世界だったよ。なんて美しいと。まさに神秘の世界。俺たちだけが生き、古い存在は消える。そんな世界。」
「悲しみなんてない、苦しみなんてない。全て受け入れてくれるんだ。」
「だから俺は協力することにした。過去に別れを告げて。」
「家族を殺した。友達を殺した。老人を殺した。子供を殺した。」
「何人、殺したと思ってる?…もう、無理なんだよ。」
「だから」
「だ、から」
「じゃマヲ、ス、ルナnnnnnnn」
そして彼は、再び闇へ消えた。
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