11.お姉さんと
優菜は予想外の展開に戸惑った。
二十畳近くはあるだろう大きなリビングに初対面のお姉さんと二人きり。
否が応でも緊張感が走る。
どうしよう……。結局中に入っちゃったけど、よかったのかな……。
それに無茶苦茶緊張するし、お姉さんと何を話せばいいのか分かない。
「綾瀬さん、紅茶でいいかな?」
硬直状態になっていた優菜の身体がビクリと震え立つ。
「あっ、いいえ。もったいないです、私なんかに。お水もお湯でも……」
慌てふためく優菜を見ながら唯はクスッと笑った。
「お客さんに水やお湯はないでしょ。ラーメン屋さんじゃないんだから」
滑稽な自分の姿に優菜は自嘲した。
「そうだ。優菜ちゃんは石高なんだって?」
「は、はい」
そんなことどうして知ってるのか優菜は不思議に思った。
「私も石高だったんだよ。二年の途中でここに来たから転校になっちゃったけどね」
「そうだったんですか」
「テニス部だったんだよ」
なんという偶然だろう。
お姉さんも石高のテニス部なんて。
「あ、あの、私もテニス部です」
優菜は嬉しくなりながら驚く。
「知ってるよ」
笑いながら当然のように答える唯に驚く。
どうしてそこまで知ってるんだろ?
「あ、顧問のメデカ、元気してる?」
「はい、メデカ……いえ、日高先生はいつも元気です。私は怒られてばっかですけど・・・」
メデカとはテニス部の顧問の先生のアダ名だった。
目が少女漫画のように大きいので、日高という名前だがメデカと呼ばれていた。
「メデカってけっこう可愛い顔してるけど性格チョーキツイんだよね」
「そうそう。怒ると大きな目が吊り上がって細ーくなるんです!」
二人は顔を見合わせながら声を上げて笑った。
「あの、どうして私のこと知ってるんですか?」
「ああ。蓮からいっぱい聞いてるからね」
「柊木くんから?」
蓮くん、お姉さんに私のことを話してたんだ。
優菜は自分の話を家族しているなんて夢にも思っていなかったのでびっくりした。
「あの……今日、蓮くんは出掛けてるんですか……?」
唯から笑顔がスッと消え、困惑した顔になった。
「あ、ああ……ごめんね。せっかく来てくれたんだけど、今、出掛けてていないんだ」
「何時ころ帰ってくるんですか?」
「え? いつ?」
唯はさらに困った顔になった。
「あ、あの、実はあいつ泊まりでサッカー部の合宿に行ってるの。だからしばらく帰って来ないと思う。ごめんね」
あ……そういうことか。
優菜は唯のその態度でやっと悟った。
やはりここへは来てはいけなかったんだと。
やっぱり迷惑だったんだ。
社交辞令で誘ってくれただけだったのに、そんなことも分からずに図々しく家の中まで入っちゃって。
私は馬鹿だ。
「ああ……そういうことですよね。私、鹿なんです。すいません、気が付かなくて」
「え? そういうことって?」
慌てる唯に優菜はペコリと頭を下げた。
「あの、私、帰ります」
優菜は俯いたままゆっくりと立ち上がった。
「え、もう帰っちゃうの?」
唯も慌てて立ち上がる。
玄関で俯きながら靴をはく優菜に唯が声を掛ける。
「ごめんね。せっかく来てくれたのに」
「いいえ。私こそすいませんでした。ずうずうしく上がっちゃって。もう来ませんから安心して下さい」
「え?」
唯は驚きなから優菜を見た。
「あの、優菜ちゃん、どういう意味? どこかへ引っ越しちゃうとか?」
「あ、違います。私、蓮くんにはもう迷惑がられてるって分かってますから。家にまで押し掛けちゃって、図々しいですよね、私」
唯は言葉に詰まった。
その困った表情から優菜はやっぱりと思った。
「あの、ひとつだけ柊木くんに伝えてもらってもいいですか?」
「いいよ。何?」
「私のことは気にしないでいいから……もう一人で頑張れるから大丈夫だって。あと、今までこんな私を元気づけてくれてありがとう……そう伝えてもらえますか」
優菜の目に涙が潤み始めた。
それを見ながら唯は思いつめたように黙り込んだ。
優菜が頭を小さく下げて振り返った時だ。
「ちょっと待って!」
唯は慌てて優菜を呼び止めた。
「今日、これから時間あるかな?」
唯は呟くような小さな声で訊いた。
「はい……?」