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私は人間ではない


               ■ 3 ■





「人間を幸せにする為、天界からやってきた天使です!」


 私は脳髄を殴りつけられたような感覚に陥った。

 

 人間が居るということが既にありえないことだと言うのに『天使』だって?まるで訳が分からない。


 フイフイと名乗った少女は、懐疑と呆然が生んだ沈黙を感じ取ったのか、

 

 やがてその、わざとらしく張り付けた笑顔のまま揚々と話し始めた。


「どうかしましたか?あ、その顔は、その目は、『天使』を疑っていますか?

 訝っていますね?分かりますよ?分かっていますよ!

 人間は、いつだって私達を信じるのと同じくらい、私達を怪しんでいましたもの。

 ですがしかし、だけどこれは真実です!神は居るのですよ!

 だから、天使である私も、貴方のその目で捉えて、神経を伝って脳で感じられるのです。

 何故だか分かりますよね?神がそう仰せられたからです!

 私は、神の命で、神の名の下にここに存在しているのです!

 お分かり頂けましたか?信じて頂けましたよね?」


 一点の曇りも無い笑顔。

 

 よくもこれほどまで倒錯した論説を淀みなく語れるものだと感心する。


「いいえ。全く」


 無感情に答える私。


「あら疑り深いですね!いいえ、それが悪い事であるとは、私は言いません!

 むしろ盲信よりもずっと、もっと良いと思います!

 なぜなら懐疑心は探究心へと変わり、やがて真実を見るかも知れません!

 それに、行動は人間の成長を促します!

 しかし、貴方のそれが経験主義的な猜疑であるのならば……

 私は、それがアナタの視野を狭めることになると忠告しましょう!

 それは成長を阻害し、停滞と堕落を招きます!」


 得意げに指を振る自称天使に苛立ちを覚えた私は、何も言わず玄関ドアを締め、鍵をかけた。


 するとすぐに焦りの声がドア越しに聞こえてきた。


「ああ!分かりました!分かりました!傲慢でした!

 それでは、特別に奇蹟をお見せしましょう!

 天使の力をご覧いただければ、疑り深い貴方も、私が天使であると分かるでしょう!」


「奇蹟?願い事でも叶えてくれるって言うの?」


 再びドアを開けると、困ったように笑う天使が私の腰に掴みかかってきた。


「分かっているじゃあないですか!

 そうです。そのとおりです!

 『なんでも』叶えてあげましょう!

 どうぞ、富でも名誉でも未来でも過去でも!欲しいモノを仰ってください!」


 その言葉を聞いて、カナンはパァと笑顔に成った。


「じゃあ、種が欲しいな!植物の種!」


「種?そんなモノでよろしいのですか?いえ、アナタが望むのならば、私は構いませんが!」


「いいよ!ねぇ?クリス」


「ちょっと待って」


 はやる気持ちを抑えられていないカナンに、私はストップをかけた。


 天使、雑把に言ってしまえば神の使い。


 人間にとっては不条理な存在に思われるかも知れないが、私は人間ではない。


 故に、彼女が真に天使であろうとなかろうと問題ではない。


 しかし、彼女がここに来たという目的が人間だと言うのならば、そこには大きな誤解と問題がある。


「フイフイって言ったっけ?貴方、『人間』を幸せにする為に、地上に降りてきたと言ったわね」


「ええ、ご理解頂いてるようで!

 そうなのです!奇蹟を使い、人間を幸福に導くことが私の使命なのです!」


「そう……なら残念だけど、他をあたった方が良いわ」


「?どうしてです?」


「私達は人間じゃない。貴方が幸せにする対象じゃないのよ」


「……何を仰られる?ほら、カナンさんなんて、どう見ても純真な男の子じゃあないですか」


「カナンはアンドロイド。人間そっくりの機械人形」


「人形?しかし、彼は自由に動いていると思いますが」


「それは僕の人工知能がそうしているんだよ。造り物だけど、人間に限りなく近いんだ」


「人工、即ち人類の叡智ですか。それは素晴らしいですね。人類が成長してきた証です

 ……ということはクリスさんも、アンドロイドなのですか?」


「私はクローン。人間の複製として造られたから、"身体"は人間と言えるかもね」


「と、言うと、機械ではなく、ホムンクルスに近いのですね?」


「あんまり驚いたり怒ったりしないのね。

 『生命を造る』なんて、神を侮辱する行為と言われていたのに」


「驚くわけが有りません!怒る気なども、露ほどにも有りません!

 確かに、生命の創造は神様の真似事とも言えますが、それを侮辱と取るほど神は狭量では有りません。

 昔から人間は『生命を造り出すという』技術を研究していました。

 そして、遂にそれを完成させたのですよ?素晴らしい成長ではないですか!

 むしろ称賛すべき事柄です!」


「ああ、そう。でも、これで私達が人間じゃ無いって分かったでしょ?」

 だから貴方は、他の人間を探すべきよ。居るかは分からないど」


 私がそう言うと、彼女はキョトンとした顔になる。


「アナタは人間ですよ?どこからどう見ても」


「違う。貴方の目的にはならないわ」


「……分かりました!

 仮に人間で無いとしても、神の被造物である人間の被造物ということは、それも、神の御加護の対象となるはずです!

 それならば、良いですよね!?」


 天使は溢れんばかりの笑顔で親指を立てた。


 そんな反則じみたことが、果たして許されるのだろうか。

 

 私は疑問を口にしたが「神様は寛大ですから!」と彼女の顔は自信に満ちている。


「ん……ま、そうであるならば、私はそれに従うしかないけれど……。

 どうせ願い事があるのはカナンだけなんだし」


 天使が鼻を鳴らして胸を張った所に、私は意地悪な笑みを向ける。


「奇蹟なんてものが存在するのならね」


「ふふん。不可能は有りませんよ。奇蹟ですから……

 あ、カナンさん。因みにどんな木の種が良いとか、ご指定あります?」


『天使』は私の挑発にも動じず、逆にカナンに要望を聞いて見せた。


「うぅん……あ、育てやすいのがいいな。僕、植物を育てるの初めてだからさ!

 あと、丈夫な木!」


「なるほど、分かりました。じゃあ、それに見合ったものを出して見せますよ!」


 そう言って彼女は右手で握りこぶしを作ると、まもなく丸められた掌から淡い光が漏れだした。


 私とカナンはその光に目を丸くする。


 カナンは恐らく素直に感動しているだけだが、私は違った。


 散々彼女と問答を繰り広げていてなんだが、彼女が天使であるとはこれっぽっちも信じていなかったからだ。


 数秒の間をおいて彼女は再びゆっくりと掌を広げる。


 そこには一粒の種子が在った。


 それを掌にそっと置かれたカナンの顔が、じわじわと笑みに包まれていく。

 

「ありがとう!」


 彼は手に種を握って天使に抱き着いた。


 自分の存在を知らしめる事ができて、彼女もまんざらでも無さそうだ。


「クリス。それじゃあ、この木の栽培を手伝ってもらうよ!」


「……えっ?」


「自分で言ったじゃないか。僕が知識を付けて、種も手に入れたら、クリスは手伝ってくれるって。

 あの後、研究室を漁ってみたら、図鑑があったんだ。後で見せてあげるよ」


「た、たしかに、それは言ったけど」


 私は少しきまりが悪くなってカナン達から顔を逸らした。

 

 そんな私の姿を見て、カナンが天使に愚痴っぽく言った。


「フイフイも言ってやってよ。クリスったら、博士が死んでから何にもやる気がない腑抜けになっちゃったんだ」


「あら?そうなんですか?それはいけませんねぇ?」


 彼女は、私がしたように意地悪く笑うと、反らした私の視界に無理やり入り込んできた。


「先程も言いましたように、停滞や堕落はいけません。

 人間は成長する生き物です。その様に神が創ったのですよ?

 私が悪魔なら、貴方の今の状態を優しく包み込む様に肯定し、甘い言葉をかけるでしょう。

 しかし、私は天使ですから、アナタを正しい状態に導かなければいけません。

 故にクリスさん。貴方はカナンさんを手伝うべきです」


「だから、私は人間じゃ……」


「言いましたよね?人間でなくとも、貴方達は神の御加護の下にあります。

 それを貴方は認めましたよね?ならば、神の使いである私の導きに従って頂かないと」


「詭弁よ」


「神に道理など有りません。神こそが道理なのですよ」


 天使はじっと私の眼を見つめながらそう言った。


 彼女の眼はキラキラと光り輝き、陰りなどない。神を意志と自分の行動を信じているのだ。

 

「……分かった。手伝うわよ」


 彼女に気圧された私は、そう口にした。


 ただ今回の件は元々カナンと約束をしていたことだし、別に天使に言われたからやるわけじゃない、という点については誤解のないように主張しておく。

 

 決められた事は守る、それが機械だ。


「だけど、今日はもう遅いから、私は眠るわよ?」





               ■ 4 ■





 クローン製造技術、即ち人工的に生命を造り出す技術は、皮肉にも戦争によって急速に発展した。


 クローンを兵士にするとは、なんともありがちな話だが、理に適っている。


 何故ならクローンの生産コストは、自律型ロボットを作るよりも非常に低い。


 身体能力や思考力など薬物で補えばいい。

 

 因みにこの身体もこの戦争技術を流用したものだ。

 

 異なるのは博士の細胞を元に造られたという点と、多少病気に強く改造されているという点。


 戦場においてクローン兵は大いに活躍した。

 

 食事は必要ないし快楽も求めない、ただ寝床さえ用意すればいい。

 

 それに人間より頑丈で、物欲が無いので略奪もしない。

 

 生産コストだけでなく維持コストも低い彼らは、自分の役割を忠実に果たした。

 

 クローンは人間の代わりに戦い、人間の代わりに死んでいった。

 

 そうだ。ある時、博士が興味深い話をしてくれた。

 

 クローンが前線で銃弾を撃ち合っている間、人間は退屈を謳歌していたのだが、


 一部の人間が義憤に駆られ、生きているクローンの解放とそれ以降の製造中止を求める運動を起こしたという。


「アナタはどう思う?」


 博士の問いに対し、私はそれを無知蒙昧な行為だと一蹴した。

 

 何故なら「人間の代わり」。それこそが彼らクローン兵の生まれた意味であるからだ。

 

 戦争とは、きっと凄惨なものだろう、恐らく悲惨なものだろう。

 

 だから、人間が平和を謳歌する為にクローンが生まれたのだ。

 

 そうやって造り上げられた平和の構造を人間自ら否定するのは馬鹿げている。


 博士は私の主張に静かに耳を傾けていたが、私が話し終えると微笑みと共に言った。


「彼らは、そういった構造が間違っていると指摘したのよ」


「自分たちが前線に行きたかったの?」


「いいえ。彼らは倫理や道徳的な観点を踏まえ、クローンも自分たちと同じ人間だと主張したの」


「傲慢ね。世界の有り様を決めるのは人間だって、そう信仰に浸かっている。

 でも、そうね。クローンも人間だって、そう決められたのなら、彼らはそれに従う他ないわ」


「いいえ?クローンはクローンのまま、戦場で大活躍よ」


「そう?。それで、なぜこの話を?」


「あの時、クローンが人間だと、そう『決められたら』、クローン自身はどうなったでしょうね?

 果たして彼らは、人間に成ったかしら?」




 また、昔の夢を見た。

 

 博士が死んでから、よく彼女が夢に現れる様になった。

 

 夢というのは、遂に人間が最後まで「よく分からなかった」事柄の一つだ。

 

 研究しても、戦争に役立たないからかもしれない。


 ソファから起き上がろうとして、私は昨日のことを思い出し、げんなりした。

 

 そうだ、今日はカナンと一緒に「種植え」をやらないといけない。

 

 久しぶりの予定に私は妙なくすぐったさを覚えた。


 そして、ふと床に目をやると、そこにはフイフイが気持ちよさそうに眠っていた。


「何をしてるのよ」


 彼女の背中を足蹴にして起こすと、彼女は腰をさすりながら大きなあくびをして、よろよろと立ち上がった。


「ふぁ……おはようございます。クリスさん」


「アナタ、まだ居たの?」


「覚えていないんですか?あの後、カナンさんが樹の育て方が分からないって言い出して。

 ……確か、図鑑に載ってなかったとか。

 それで、実が成るまで私も一緒に育てることになったじゃないですかぁ」


「そうだっけ?そうだったかも……でも、良いの?こんな所に長く留まってても」


「それはどういうことですか?」


「私達に構うより、幸せにすべき人間が居るんじゃない?」


 天使はその言葉を聞いて、優しそうに微笑んだ。


「ええ、勿論。しかし、私の使命は、『人間』を幸せにすることですから」 


 その時、玄関のドアが大きな音と共に勢いよく開いて、私達の意識は一気にそちらに向かった。

 

 そこに現れたのは、白衣姿で大きなシャベルを担いだカナンだった。


 いつにも増して元気に溢れた声で、彼が叫ぶ。


「さぁ!はじめるよ!二人とも!」


「どうして白衣なんです?」


「農作業時は長袖の衣服が望ましいと書いてあったんだ。下は無かったからいつもの短パンだけど!」


「そのシャベルはどっからもって来たの?」


「家の裏にある物置だよ。ここに移住してきた時に、土台を作る為に使ったんだ。

 さぁ、早速土作りをしよう!」

 

 そう言ってくるりと向きを変え、外へと繰り出すカナンの姿からはやる気が十分過ぎる程に伝わってきた。

 

 彼の意気に若干押され気味になりながらも私達は後に続いて家を後にする。

 

 私達のトレーラーハウスの周りには岩と土しかない荒涼とした大地が広がっている。

 

 度重なる戦争によって破壊しつくされた土地だ。

 

 果たしてそんな所に植えた種が実をつけるのか、私は甚だ疑問であったが、自分から手伝うと口にしてしまった以上はカナンを手伝う他ない。

 

 カナンは用意したシャベルで土を混ぜ返しながら私に言った。

 

「クリス。博士の研究室から、今から言う物を持ってきてくれない?」


「ええ、良いわよ。何?」


「リン酸、カリウムとカルシウム、それにマグネシウム。全部保管してあるはず」


「それって何に使うんです?」


 私が家に戻る途中、背中腰にフイフイがカナンに訊ねる声が聞こえた。彼はシャベルを止めること無く答えていた。


「肥料だよ。ここの痩せた土じゃ、機械的に手を加えてやらないと植物はまともに育たないんだ」


「前にここに来た時は、植物なんか適当に蒔いておけば育つと、そう人間は言っていましたが?」


「前にも来たことがあるの?」


「ええ。丁度この真上に天界の入り口があるんですよ」


 そう言って、フイフイは空を指差す。

 

 この日は雲ひとつ無い晴天で、空は唯、その青さ以外には何もなかった。


「なんで、こんな何もない所に?」


「この辺りには沢山人間が住んで居たんですよ。

 だから、今回も初めにここに来たんです。

 でも今は随分さっぱりしていますが……洪水ですか?」


 天使の能天気で的外れな疑問に、カナンは口を尖らせて言った。


「戦争だよ。天使なのに知らないの?」


「カナンさんだって植物のこと何も知らないじゃないですか」


「それ、関係ある?……と。深さはこれくらいかな」


 彼のツッコミには何も反応をせず、天使は次に目についた疑問を口にした。


 カナンは、彼女が植物の育て方を知っていると思って居たのに、これでは、とんだ無駄だったと言えなくもない。


「今は何をしているんですか?」


「土を混ぜて、空気を含ませているんだよ。

 本当は堆肥とか、酸度調整とかをするらしいんだけど……

 まぁ出来ないものはしょうがないよ」


「へぇ……それにしても、クリスさん遅いですね」


「なんだろう?保管してある場所は知ってると思ったけど……あっ!」


「どうしました?」


「大変な事を忘れてた!水!水を汲まなきゃ!」


「へ?」


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