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アンドロイドと天使と私

               ■ 1 ■





 退屈と平穏は、どちらも「何事もない」状態が続いていることだ。


 ならば、その違いは心の有り様にある。


 退屈はその状態を否定的に捉え、平穏はその状態を肯定的に受け入れている。


 私の偏った知識と少ない経験から言わせてみれば、人間はそれを退屈だと思っていたのだろうと推測できる。


 つまり、平和で退屈な日々の生活よりも、刺激的で刹那的な在り方を求めていたのだ。


 成長・拡大・発展・変化・競争……なんて刺激的だ、これこそ生物的だ。


 私のような機械には無い感覚。機械にとっては、与えられた役割を何事もなくこなす事こそ重要なのだ。


 結局人間は、成長の果ての、競争の果ての、戦争の果てに、その生涯を終えることとなった。


 そして人間に造られた私は、彼らの死後、その役割を果たすこともなく平穏な日々を送っている。



 剥げた革のソファで、あいにく今日も目を覚ます。


 そうして、何をするでもなく、一日を過ごす。


 代わり映えのしない、薄暗いトレーラーハウスの、せまっ苦しい部屋の中。


 食器棚に囚われの磁器、食卓の花瓶、砂埃塗れの窓ガラス、この部屋にあるモノは大体、役割を果たせないまま放置されている。


 その中でも一番の不要物は私だろう。名前はクリスマス。


 なんでも、生まれたのがクリスマスという日だったそうだ。


 私は人間ではなくクローン、つまりは人間の複製だ。


 戦争が激化し始めた頃、一人の科学者が自分自身の細胞から「私」を造った。私は彼女を「博士」と呼んでいた。


 何故、そんな状況の中で博士は私を造ったのか、柔らかいタオルで培養液に濡れた私の身体を優しく拭いながら、彼女は私の意味を教えてくれた。


 私は彼女の「バックアップ」として生まれたのだと。


 博士は死を恐れていた。生物が死を恐れるのは当然のことだ。


 だから、彼女は自分のクローンである私を造り、その後、私に自分の人格を移植することで、永遠に生きようと計画したのだろう。


 祖国が滅んでも、彼女は「バックアップ」と共に辺境へと移住し、小さな研究室で残りの計画を進めた。


 しかし結局、計画の成果が実らぬ内に博士は死んだ。


 肉体は造れても人格移植の理論は遂に完成しなかった。それは数ヶ月前のことだった。


 彼女も薄々それに気付いていたのかもしれない。しかし、そんな彼女の胸中など、機械の私には分かりようもない。


 彼女の死を迎え、私は悩んだ。私は彼女のバックアップとして、彼女に成るために生まれてきたのだ。


 もう、私は私の役割を果たせない。


 私は何をすればいいのか、どう生きればいいのか、分からなくなった。


 今も分からない。


 不意に窓を拭く摩擦音が、私の何十回目かの過去の想起を断った。


 見ると砂埃がすっかり拭き取られて、さっきよりも少し部屋が明るくなっていることに気付いた。


 すると、ドアが開いて一人の少年が部屋に入ってくる。


 彼は博士が造ったアンドロイドで、名前をカナンという。砂やらオイルやらで顔が真っ黒だ。


 博士の生前から、彼はこの家の家事を一手に行っている。


 今は恐らく、外に設置された太陽光発電機の整備でもしていたのだろう。


 私は博士の若い頃(大体二十歳前後だろうか)の姿をしているが、彼はそれよりも幼い見た目で、十歳程度の少年を模している。


 何故、そんな姿なのかは分からない(恐らく博士の趣味だろう)。


 彼は私が起きていることが分かると、汚れた顔を拭いながら溌溂な笑顔と共に話しかけてきた。


「クリス。木を植えよう!」


 カナンは嬉々として枯れ葉を鞄から取り出すと、怪訝な顔をした私の前に突き出してきた。


 カナンはその少年のような見た目通りと言ったところか、好奇心旺盛かつ活発な性格をしている(その性格も造られたものだが)。


「ソーラーパネルに挟まっていたんだ!クリス、ずっと退屈そうにしていただろう?」


 私はため息を一つ吐くと、気だるい身体を半分だけ起こして彼に言った。


「気遣いありがとう。でも、植物なんて何処にあるっていうの?」


「コレがあるじゃないか!」


「枯れ葉じゃあ無理よ。種子が無いと」


「そうなの?」


 彼の目が点になる。私は指を立てて、もう一つ現実を教えてやった。


「第一、この辺りの土には雑草すら生えないわ。地面が渇れちゃってるもの」


「えぇ?じゃあ、どうすればいいの?」


「何の知識もなく植物は育てられないってことよ」


 私はまたソファに横になる。素っ気ない私の態度にカナンは頬を膨らませて言う。


「クリス。僕は、君のその無気力さを心配しているんだ」


「心配無用。機械にとっては、『何事もない』日々を送ることが至高なのよ」


「君は機械じゃあない」


「人間でもないわ。とりあえずカナン、アナタは植物についてもっと調べるべきね」


「どうやって?インターネットなんて今は無いんだ」


 腰に手を当てたカナンが不満そうに漏らしたので、私は指でソファの向こうにある扉を指さした。


「本があるじゃない。博士の研究室にね……多分」


 数秒の沈黙。彼はため息をつく。


「……僕が知識を付けて、種も手に入れたら、クリスは手伝ってくれるってこと?」


「ええ。万が一にも、そんなことが出来たならね」





               ■ 2 ■





 「スワンプマン」という言葉を知っているか。


 昔、アメリカの哲学者が考え出した思考実験だ。詳細は次のようだ。


 山でハイキングしていた男が、不運にも沼のそばで雷に打たれて死んでしまった。


 しかし、彼の死と同時に、もう一つの雷が沼へと落ち、沼の汚泥に化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同じ存在を生み出した。


 この実験の中では、こうして生まれた存在をスワンプマンと呼ぶ。


 スワンプマンは、姿形はおろか身体を作る細胞レベルで、死んだ男(以下、「A」と呼ぶ)と全く同一だ。


 それだけではない。記憶や知識も、果ては人格さえも、全く同一なのだ。


 その後スワンプマンは、Aとして行動を取る。


 彼はAの家に帰ると、Aが大好物のハンバーグを食べ、Aの好きな映画を家族と一緒に鑑賞する。


 次の日になれば、Aの勤めていた職場に向かう為、彼はいつもの時間に家を出る。


 さて、「Aとスワンプマンは、果たして同一人間と言えるだろうか?」


 というのがこの「スワンプマン」という思考実験だ。


 何故今、こんな話をするのかと言うと、私と博士の関係がAとスワンプマンの関係に似ていると思って、彼女に問いかけた事を思い出したからだ。


 あれは確か、私達が戦禍から逃げて、この地にやって来てすぐの頃だったと思う。




 机に向かってPCを弄る彼女に対し、私は何とはなしに話しかけた。


「ねぇ。博士は、この身体に人格を移植して、それを本当に『自分』と言えるの?」


「それは、自己の連続性や同一性と言ったこと?」


 博士はこちらを向くこともなく、背中越しに問を返した。


「うーん。まぁ、そうね」


「まぁ……私の人格をその身体に移植しても、私は私のままでしょうね」


「それは、どうして?身体が違うのよ?」


「私が私であるという意志。言ってしまえば、その身体ではなく、機械や動物の肉体に『私』を挿れても、その意志がある限り、私が私である事は何も変わりないわ」


「でも、それって唯の思い込みじゃあ……」


「ええ、主観。でも、それ以外に『私』を定義できるモノなど存在しないわ」


「ほら。例えば、博士がもしも友人に再会した時、姿が変わっていたら、その人は『博士ではない』と思うはずよ」


 私の質問に対し、博士は手を止めて私の方に振り向くと、少し語気を強めて言った。


「その人の主観、思い込みに過ぎないわ。大体、他人の何を知れるというの?その表象しか見れない癖に」


「分かった。分かったわ。うん、気に障ったのならごめんなさい。ありがとう」


「別に気になんてしてないわ?……でも突然、何かあったの?」


「いいえ?別に、博士の本を読んでいたら、ただ気になっただけよ」


「あら、そう……そうだ。少し休憩して、一緒にお茶でもしましょう。まだ少し茶葉が残っていたはずよ」


「そんな、貴重な茶葉を使っていいの?」


「良いのよ。残したってしょうがないでしょ」


「ほら、博士がこの身体に入った後もお茶は飲むし、使うでしょう?」


「……そうね。でも、今この時も大事。さぁ、カナンを呼んできて頂戴」


「分かったわ、博士」



 そう言って研究室の扉を開けたところで、私は夢から覚めた。




 窓の外はもう真っ暗だった。部屋の中だけ裸電球が感情もなく白く照らしている。まるで夢のようだ。夢の中では自分の見ている限りの世界しか存在しないのだ。


 余談だが、私はよく夢を見る。どれも冗長な夢だが、起きていてもなにもないので、それならば夢の中で過去に浸っている方が良い。


 そもそも、クローンというものはよく眠るように造られている。


 その代わり食欲や性欲は無く、そして非常に長寿、大体八百年ほどの耐久性がある。博士はそう言っていた。


 カナンも眠ってしまったのだろうか。因みに、ここで言う「眠る」とはスリープ充電状態を指す。


 その時、家の外から雷のような轟が鳴り響いた。


 驚いた私が小さく悲鳴を上げると同時に、カナンが大慌てで、研究室のドアを開けた(カナンの充電プラグは研究室にしかない)。


「今のは……?」


「分かんない。雷じゃない?」


「そんな。昼は快晴だったよ」


「天気なんてすぐ変わるわよ」


「雷なら雨が降る。ソーラーパネルにシートを掛けとかないと!」


 そう言って玄関ドアを開けたカナンは、直後に短い叫び声を上げて身体を強張らせた。


 私は何事かと不審に思ってソファから立ち上がる。


 そこからは、年端もいかない少女が一人、軒先に佇んでいるのが見えた。


 その姿は明らかに人間であった。


 白いワンピース、膝下まで伸びる金色の髪、碧い瞳……


 外見的な特徴から言えばコーカソイドの少女だと推測できる。


 肌は血色が良く、生気に満ち溢れて居る少女は、まぎれもなく生きていた。


 ありえない。


 人間など、もう存在しないのだ。博士が言っていた。


 しかし、現実の少女は、満面の笑みで私達の前に立っている。


 戸惑う私達を尻目に、彼女は目を輝かせ、にこやかに言った。


「私フイフイと申します!人間を幸せにする為、天界からやってきた天使です!」


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