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カチューシャと戦車兵  作者: モロトフ爆弾
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三人の戦車兵

 アムール川の切り立った岸辺には、いつも燦々と太陽が輝く。だが今日は、灰色の重たい雲が空を覆い尽くしていた。そんな川辺の草原に、三人の若者が座って、互いの肩を激しく叩き合いながら何やら話をしている。

「おいワーシャ、今日は天気が悪いなあ!」

「全くそうですよ、車長! 冷たいだけの風ならいくらでも浴びたつもりですけど、この薄気味悪さったら! お前もそう思うだろう、アリョーシャ?」

「ああ。こんなに湿った風が吹くのは……」

 アリョーシャというらしい男が、ちょっとうつむいて、それまでスムーズに進んでいた会話を突然、止める。

「……どうした?」

 しばらくして、車長が少し心配げに尋ねた。

 それでも、アリョーシャは答えない。その妙な沈黙に耐え切れなくなったのか、本当に恐る恐るといった様子でワーシャが言う。

「おい、まさか幽霊なんて言うんじゃ……」

 次の瞬間、アリョーシャは顔を上げ、ワーシャの方に向けた。してやったり、という得意げな笑みを浮かべて。

「さすがワーシャ! 期待を裏切らない! やっぱりお前、オバケとか怖いんじゃないか!」

 そこまで言って、車長と二人、爆笑であった。

 確かに天気はいつもと違うだろう。しかし彼ら三人の能天気な戦車兵は、いつも通り互いにどやし合いながら笑っているのだ。

 その様子はもはや、兄弟と紹介しても疑う者などいないほどである。

 彼らにとっての気がかりは、辺り一面を埋め尽くす味方戦車の群れが、ひとつ残らず沈黙していることだ。車長、ワーシャ、アリョーシャの三人組の仲の良さは、アムール川沿いの国境を守備する赤軍装甲打撃大隊においては、異色なのかもしれなかった。

 彼らは、いつも通り互いに励まし合いながら(時にはどやし合いながら)その日の訓練を無事に終えた。その頃、霧が出始め、そして瞬く間に周りを白く染めたが、薪を節約するために焚き火をせず、寝ずの番を除けば日が沈んですぐに眠る赤軍兵士たちは、そんなことなど気にも留めないのだ。


 ***


 その夜遅く、明々とした松明の光に照らされたとある司令部では、秘密の作戦会議が行われていた。

「そろそろだ。向こうが相当殺気立っている……」

「異議なし。今やらねば、やられるだけであります」

「どうされます。ご決断を、連隊長」

 数人が、おおよそ統一した見解で好き勝手気に話しているなか、そこで初めて、連隊長と呼ばれた男が口を開く。

「……赤軍は我々に対して執拗に攻撃を繰り返している。それが原因で支那の攻略が遅れているのもまた、事実だ。ここで赤軍を撃退しておかない手はないと、俺は思う。皆もそれでいいんだろう?」

 異議なし! と全員の声が揃った。

「良し。――では、今晩中に総攻撃だ。黒龍江を渡って夜襲をかける。今すぐ、全軍に出撃命令を伝えること。では、散れ!」

 一斉に敬礼して去っていく彼ら。その頭上では、烈火の如き旭日旗が、松明の揺れる光に照らされていた。


 ***


「あ、もう来ちゃいました?」

 お調子者の見張りがつぶやく。

「ありゃあ、皆さん勢揃いでお出ましだ……と、とりあえず報告、報告ッと」

 手元の無線機に暗号を打ち込み、送信する。宛先は、ここにいる隊長全員と、モスクワのスターリンとヴォロシーロフ筆頭元帥だ。

「さて、早くもみんなお目覚めのようだし、俺はモスクワの返事を待とうかな」


***


「号令! 『サムライ』が来たぞ! 全員、突撃!」

「Урaaaaaaaaaaaa!」

 戦車兵たちは腹の底から叫んでから車内に潜り込み、ハッチを閉じる。すでにエンジンは掛かっていて、ソビエトの戦車界に革命を起こしたТ-34中戦車は初めから全速力で走りだす。

「訓練の時もそうだが、やっぱりこいつは寒いところでも速いな!」

 車長が興奮して叫べば、

「そうですよね! 風が渦巻いてますよ!」

 ワーシャが追従し、

「初弾装填完了! さあ、早速ブッ放すか!」

 アリョーシャが意識を戦いに持っていく。

「良し、サムライをぶん殴って、ドツいて、砲弾を節約せずに降らせてやれ!」

 車長がそう言い終わるか終わらないかのうちに、アリョーシャは発射ボタンを押し込んだ。

 三人の頭上で、鼓膜を震わす爆音が響き――正面の敵歩兵数人が、発射された榴弾の爆発でバラバラに飛び散った。

「いいぞ、この調子だ!」

 車長が周囲を観測しながら言う。周りが途轍もない轟音なので、自然と声が大きくなるのだが、彼ら三人に限って言えば、それは却って士気を挙げるのに役立っていた。

「次、発射!」


 ***


「どうしてだ……?」

 連隊長は、目の前の光景が本当に信じられない、といった様子で呆然とつぶやいた。

「今まで、ソビエト軍がこれほど我々を痛め付けたことなど無かった」

 その黒い目が大きく見開かれている。

「なのに……どうして我々は……」

 こうしている間にも、被害は拡大していった。つい先ほど、戦死者およそ八百名、との報告が入ったのだ。

「呆けてはいられない。……退、却」

 彼は、その二文字の重みを噛み締めるようにして、そう命令した。


 ***


 ここで、赤軍は極東における初勝利を飾ったのだが、三人の戦車兵にとってそんなことはどうでもいいことだ。当の三人が、この戦いにおいて最も多くの敵兵を撃破したのだが、もちろんそれも、副次的なものである。

「じゃあ、今日も生き残れたことだし、ちょっと歌でも歌うか」

「そうですね。例えば……あれとかどうです?」

「いいね! せーのがさんはい……」

 きっとこの三人は、いつまでも――きっと、軍務を終えてそれぞれの家に帰っても――強い友情で結ばれているだろう。

 ……と。

 そのときふと、三人の歌に合わせて歌いだす戦車兵がいた。それは少しづつ、かつ急速に広がっていき、いつしか戦車兵たちの大合唱を成した。

 歌い終わって、彼らは三人の元に寄り集まって肩を組んだ。

「どうしていきなり……今までこんなことはなかったのに?」

 ワーシャが隣の兵士に尋ねると、

「愚問だ! 俺たちはもう、命がかかった戦いを潜り抜けた――戦友じゃないか!」

 そう笑い飛ばされた。

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