娘と婿
「ちょっとトイレ行ってくる。その間に万一があったら後の指揮は、山崎に任せるよ。」
三条神流が冗談を言う。
だが、三条神流はトイレには行かない。
それどころか、長野電鉄の長野駅を出て、長野駅のJR改札口に戻っている。
黒髪でロングのツインテール。眼鏡をかけ、童顔だが明るく人形のように可愛らしい松田彩香は、三条神流の後を追う。
三条神流と松田彩香は、中学生の時からの知り合いで、松田は三条に惚れていた。
時折、三条神流は松田の実家の菓子屋の手伝いにも来ていて、いつかは三条神流を婿にしたいと思っている程である。
「待った?」
と、三条神流が声を掛けるのは、女だった。
(そんな―。まさか。)
松田は愕然とした。だが、想像とは違っていた。
「いいえ。こっちこそ、変なことさせてゴメンね。」
と、女は言った。
「姉ちゃんの頼みだ。」
「その、いきなりで悪いんだけど―。」
女は、三条神流に何かを渡す。三条神流がそれを開ける。
松田彩香は背後から覗くと、それは指輪だった。
そういえば、まだ三条神流の左薬指には何も付いていない。
(プロポーズされたってこと?三条君が。)
「またいきなりだね。」
「私、カンナと婚約してもいい。と言うより、そうしたい。でもカンナは私が彼女でいいの?」
「たまに考える事もある。だが、俺は他の人が見えない。姉ちゃんこそ、俺は群馬帝国の人間。見た目は日本人だが、中身は外国人のような物だ。いや、宇宙人と言ったほうがいいかもしれないぞ。」
「私はそれでも、カンナと将来は結婚したいと思っている。カンナは―」
三条神流は女から指輪の入った箱を受け取る。
「待って!三条君!それを受け入れたのなら、三条君は転生人になってしまう!そしたら―。」
と、松田が言うが三条神流には聞こえない。
そして、内田が血相を変えて三条神流を探しに駅に来た。
「内田君!三条君を止めて!早く!」
と、松田が言うが内田にも聞こえない。そして、三条神流はどこかに消えてしまっていた。
「霧降長官より直ちに帰還セヨとの命令!」
山崎一歩が全メンバーを集めて言う。
「待ってくれ、三条が―。」
松田は手当たり次第に、三条神流を探す。
駅の中、駅前広場。その他諸々。
そうこうしているうちに、三条神流を切り捨てたヨコカル艦隊は軽井沢へ行く列車で引上げてしまった。
そして、三条神流と女が線路沿いの道を歩いているのを見付けた。
「受け入れよう。姉ちゃん。」
と、三条神流は左薬指に指輪を付けた。
「ありがとう。カンナ。」
女と三条神流が抱き合った。
「三条君!」
松田彩香が飛び起きる。そこは、妙義神社の本殿であった。
妙義神社の本殿の扉を細く開けると、まだ夜のようであった。
「皮肉ね。私一人で勝手に惚れていた人が、別の人と結ばれてしまい、転生人となってしまった瞬間の夢を見るなんて。」
三条神流は再び眠りについていたが、その横で松田も眠っていた。
空を見ると、木々の合間から星が見えた。
三条神流と松田彩香の二人が付き合っているという噂話は、彼等が中学生の時から出ている。
学校で同じクラスで、仲がよく、その上、頼まれれば三条神流が松田彩香の実家である菓子屋で売り子の手伝いをするのだから、付き合っていると考えられるのが当然である。
当初、三条神流も松田彩香と付き合いたいと思ってはいた。
だが、変化が現れたのは、例のエンゼル艦隊が消滅した事件の時だった。
三条神流が松田彩香と積極的に話さなくなり、逆に冷たくなっていたのだ。
周囲の人は「三条神流はツンデレだ」と言う理由で片付けていたが、「転生人」と言う者の定理では、「長野に行って帰ってきた後に人格、性格、その他大きな変化が現れた者を指す」とされている。
この定理に当てはめるのなら、三条神流はエンゼル艦隊の事件ですでに「転生人」になっていることになるのだ。
松田はエンゼル艦隊の事件から今までの三条神流の態度を思い出すと、更に愕然とした。
(群馬帝国国有鉄道は、事実を隠蔽しようとしたのでは。)




