7話 スキナヒト
5月4日
俺とリリが付き合って1ヶ月が経った頃、学校では今学期最初の行事が始まっていた。
「しょーちゃん!次はあれ乗ろうよ!」
その行事とは、学年での仲を更に深めようという企画で、遊園地に行くというよくわからない行事だ。
「俺、ジェットコースターは苦手なんだけど…」
「もう、しょーちゃんの意気地なし」
「くっ…なら、お化け屋敷ならどうだ?」
「お、お化け屋敷はちょっと…」
「あははっ、リリも人のこと言えないな!」
「むぅ〜、しょーちゃんの意地悪!」
こんな遊園地で、本当に仲良くなんてなれるのか?どうせみんな、いつものグループで行動するんだから、あまり関係ない気がする。
けれど、リリとデートできると思えば良い行事だったのかもしれない。
「ねぇ〜、橘!次あれ行こうよ!」
「え〜、私ジェットコースター苦手なのぉ」
橘さんも最近仲良くなった女の子達と園内を回ってる。因みに橘さんとは、俺とリリが付き合って以来、あまり関わりがなくなった気がする。
「俺、ちょっと休憩していいかな?」
「しょーちゃん人混み苦手だもんね」
「せっかくの遊園地なのに、ごめんな…」
「ううん、気にしないで!あ、私ちょっとトイレ行ってくる!」
俺はベンチに座る。
結局ひとりになる。それにしても、この遊園地カップルだらけだな。俺が言えることではないけど。
ん?見たことある人がいるな…
「エリカさん、次はジェットコースターにでも乗ります?」
「はぁ、ちょっと休憩させてくれや」
「はっ、すみませんエリカさん!あっちにベンチありますので!」
エリカ…?
ってか、あのカップルこっちに歩いてくる。
「えっ!?」
「あっ!?」
見覚えがある顔だと思ったら、その人はえりねぇだった。隣には、えりねぇに年相応の男性が立っていた。彼氏なのか?
「よぉ!将太じゃねぇーか!」
「よぉ!って、えりねぇ彼氏いたんだね」
「か、か、彼氏!?」
「えっ?その隣にいる人は誰なの?」
「それは僕のセリフなんですけど」
隣に立っていた男性が、急に話に入ってきた。
「あ、すみません。俺は皐月 将太といいます。えりねぇ…じゃなくて、瑛利果さんとは小さい頃から、よくお世話になってまして」
「僕は、鷲田 令次。一條 瑛利果さんとは結婚を前提にお付き合いさせていただいてます」
「はぁ!?て、てめぇ、何勝手なこと言ってんだ!」
「あはは、すみませんエリカさん。ついつい本音が」
「しょ、将太!こいつは、ウチと全く関係ないからな!」
「は、はぁ…」
話についていけない。彼氏でもないなら、なぜ2人きりで歩いてたんだ?
「えっ!?レイジさん?」
「お、桜子じゃないか」
また人が増えた…って、橘さん!?
鷲田っていう人と知り合いなのか?
「あの、レイジさん…なんでここに?またあの女ですか?」
「あの〜?人のこと指ささないでくれるかな?」
「うるさい!このケバ女!あんたがレイジさんに相応しいわけないでしょ!」
「この女…殴られないとわからないのか?」
橘さん、すごい怒ってる。余計に訳が分からない。
「コラッ!桜子、エリカさんに謝りなさい」
「な、なんで!?」
「僕のエリカさんを悪く言ったからだ!」
「だ、だから!てめぇの女でもなんでもねぇんだよ!さっさと、そのうるせぇ女連れてどっか行けよ!」
「エリカさん、そんな怒んないで」
「うるせぇ!もうウチがこの場から離れてやるよ!将太、行くぞ!」
「ちょっと、俺まだリリ待ってるんだけどぉ!」
気づいたら園内の端っこに連れていかれていた。
「えりねぇ、ちゃんと説明して」
「あぁ、ごめんな巻き込んじまって。あいつとはな―――、
えりねぇと鷲田の関係は、3年前に合コンで出会い、鷲田が一方的にえりねぇを気に入ってしまったらしい。そこから、えりねぇへのアプローチが止まらないとか。
因みに、鷲田 令次はえりねぇと同じく、親が大手企業のお偉いさんで、次期社長になる将来有望な人だ。
「そんであいつ、金魚の糞みたいにウチに付き纏ってるんだよ」
「へぇ〜、ってえりねぇは橘さんは知ってるの?」
「あぁ、あの女か?あいつには、前々から因縁つけられてるんだよね。どうやらあの女、鷲田のことが死ぬほど好きみたいだな」
「因縁?橘さんは最近この街に越してきた人だよ?」
「えっ!?そうだったのか、ウチは3年前からあの女の顔を知ってるけど」
どういうことだ?橘さんは、えりねぇに鷲田がとられるのが嫌で、態々えりねぇがこっちに帰って来るタイミングで転校してきたのか?よっぽど鷲田 令次のことが好きなんだな、それにしても、大掛かりな事をするもんだ。
「でも、えりねぇは最初、鷲田さんと2人きりだったけど、なんで?」
「そ、それは…聞いても引かないでくれよ?」
「うん」
「あいつに前々から誘われてたのもあったんだけど、将太が今日、遊園地行くって知ってたから…その、丁度いいかなって思って」
「え、知ってたんだ…」
「って、完全に引いてるじゃん!」
「あははっ、ごめんっ。それにしても、えりねぇも、とんでもない人たちに巻き込まれたね」
「そうだな、なんか気が滅入るよ…」
そんな会話を続けていると、何か忘れていることに気づく。
「あっ!?リリだ!!」
まずい、リリの存在を忘れてた。早く探さないと!
「しょーちゃん、み・つ・け・た」
「リ、リリ!?」
「しょーちゃん、どこ行ったかと思ったらこんな遠くに…って、なんであの人がいるの?」
「あ、えりねぇに連れてかれたんだよ」
「チビ2号、ごめんな!彼氏、勝手に借りちまって!」
「いいえ、構いませんよ」
「本当にごめんなリリ。それじゃ回るか?」
「しょーちゃん、もうすぐ集合時間になっちゃうよ」
「えっ、もうそんな時間か?」
「もう、せっかくのしょーちゃんとの遊園地が…」
「ごめんごめんって、それじゃ行こうか」
「じゃーな2人とも!」
「えりねぇ、またね!」
俺は少し不機嫌なリリの手を引っ張り、この場を離れる。
「なんで、しょーちゃんの周りにはいつも女の子がいるの?」
「いつもってわけじゃないだろ」
「そんなことない!私たち付き合ってるんだよ?もっと、私との時間を大切にしてほしいよ」
「それは、そうだけどさ」
「だから、もうあの女とは喋らないで…」
「えりねぇのことか?」
「あの、おばさんのどこがいいの?」
「え、えりねぇがおばさんか…俺にとっては、お姉ちゃんみたいな存在だから、あんまり悪く言わないでよ」
「わかってるよ!でも私のことも、もっと大切にしてよ…」
余計に不機嫌になるリリ。
確かに、リリの言う通りかもしれない。けれど、俺はえりねぇに守ると誓ってしまったのもあり、上手くリリの言葉に返答できなかった。
結局そのあとは、なにも喋らずに1日が終わった。
5月7日
俺は1人で登校した。リリはすでに、学校に着いており、机に伏せて寝ていた。
「なぁ、リリ…」
「…」
「俺が悪かったよ、だからさ無視はやめてくれ」
「私はべつにしょーちゃんに怒ってるんじゃないよ」
「えっ、それってどういう意味?」
「私の、しょーちゃんに対する愛が足りなかったから、こんなことが起きたんだよ。だから、もっともっと私が魅力的な女になって、しょーちゃんがほかの女に目を配れないほど、虜にしてあげれば…」
その言葉だけを言い残し、1日が始まる。
俺は、リリのことを本当に好きなのは確かなのに、なんでこうなってしまったんだ?
今日は橘さんも休みだし、あまり良い空気ではないな…
一日中考え事をしていたら、放課後を迎えていた。
「リリ、一緒に帰らない?」
「ごめん、今日は用事があるの」
「そ、そうか…」
「さっきも言った通り、しょーちゃんは悪くないから、そんな落ち込まないで」
「けど、実際リリを困らせてるじゃないか」
「その気持ちだけで嬉しいから…それじゃ、またね」
行ってしまった。たった1ヶ月でこんなのって、俺はリリをちゃんと愛せるのか。
帰り道も1人。いつもの道が広く感じる。
「なに、しょぼくれた顔してんだ?」
そんな落ち込んでいた俺に、話しかけてきてくれたのはえりねぇだった。
「いや、ちょっとリリと喧嘩しちゃって…」
「あぁ、さすがに遊園地のはマズかったか…」
「それもあると思うけど、実際は俺の気持ちに問題があるかな」
「そうか…でもさ、あんまり考え込むなよ?お前の落ち込んでる顔は、あんまり見たくないからさ」
「そうだよね、落ち込んでばかりじゃ、晴れるものも晴れないよね」
「あははっ、その通りだな!だから、せめて私の前では笑っててくれ!」
「うん、えりねぇありがとね」
「気にすんな!ウチはお前のこと好きだし、リリだって嫌いってわけじゃないからさ、お前らお似合いだし」
今の俺には、えりねぇの言葉がとても助けになった。明日はちゃんと、リリと話をしてみよう。俺の気持ちをしっかり伝えるんだ、そうすれば、いつものリリに戻ってくれると思うから。
5月8日
「今日も朝は1人か…」
昨日考えた、リリとの会話を頭の中で復唱し、俺はドアを開けた。
―—ガチャ、
「おはよー!しょーちゃん!」
そこには、髪をバッサリ切った満面の笑みを浮かべるリリがいた。