4話 ハジマリ
「あのね、しょーちゃん…私、しょうちゃんのことが好き、世界で誰よりも大好きなの…」
「えっ?お前いきなり何言ってんだよ…」
「だから私を、しょーちゃんの彼女にして欲しいんだけど…ダメかな?」
「か、彼女!?」
リリとの出会いは幼稚園からで、当時リリは女の子の集団から毎日のようにいじめを受けていた。それを助けたのがこの俺。
その一件以来、リリは俺にくっつくようになって、今現在に至る。
付き合いは誰よりも長く、家族みたいな存在だ。その為、リリに全くと言っていいほど恋愛感情というものは生まれず、兄妹のように接してきた。
そんなリリに俺は今、告白をされた。思ってみれば遅すぎる告白だったのかも知れない。俺はリリの好意には既に気づいていたからだ。
けれど、認めたくなかった、関係が変わるのが怖かった。
「しょ、しょーちゃん?」
俺だってリリのことは嫌いでもないし、何度もリリに救われたこともある。考えてみれば、恋愛感情が湧かないと言っていたが、実際リリは普通に可愛いし、性格だって申し分ない。そんな子から告白なんて…
ただ俺が、正直になれていないからかもしれない。
「お、俺でいいのか?」
「しょーちゃんじゃなきゃダメなの」
リリのまっすぐな瞳が心に突き刺さる。それと同時に起こる、その瞳を守りたいという俺の本能みたいなものが心を動かせる。
俺はこの子を、もう泣かせたりしない。
そして最後に、自分に正直になるんだ…!!
「わかった…俺たち、付き合おう」
「ほ、ほんとう!?ありがとう、ありがとう…しょーちゃーん!!!!」
リリが俺に抱きつく。
泣かせてはいけないと誓った矢先、既に号泣しているリリ。どれだけ嬉しかったんだ?
まぁ俺も人のことは言えないけど。
「リリ、ごめんな。俺がもっと早く…」
「ううん、いいの、グスッ、やっと私の夢が叶ったから…」
俺はリリを抱きしめ返す。
リリってこんなに小さかったっけ?
実際に抱きしめると、そのとても小さい体がはっきりと分かる。そんな小さい体で、ずっと俺を見守ってくれてたんだよな…
「ありがとう…リリ」
改めて、俺とリリは付き合うことになった。本当に俺はリリを愛せるかはまだわからない。これもある意味、衝動的な選択なのかもしれない。
けれど今はそれでいい、今はそれで…
4月11日
俺とリリは相変わらず一緒に登校する。
けれど、雰囲気はいつもと全く違い、胸の鼓動が鳴り止まない。
「な、なぁリリ?」
「な、なにしょーちゃん?」
向こうも恐らく同じ気持ちなんだろう。
実際に付き合うと、顔を合わせるのも一苦労だ。
「手、繋ぐか?」
「う、うん…」
手を繋ぐのは校門の前までで、そのあとは、妙な距離を保ちつつ2人で教室に向かった。
「おはよー!しょーた君!」
「おはよう、橘さん」
「昨日は本当に助かりました!」
「あぁ、気にしないで!集まり自体はすぐ終わったし」
今日も橘さんとたわいのない会話する。そんな中、俺はリリに目を送っていた。
リリのやつ、1人でずっとニヤニヤしてるんだが…側から見たら気持ちが悪いぞ、リリよ。
まぁ俺からしたら可愛いから許すけど。
「ねぇ!聞いてるしょーた君?」
「えっ、あ、どうしたの橘さん?」
「もう!聞いてなかったの?」
「ごめんごめん!」
リリに夢中になりすぎて橘さんの話が入ってこなかった。俺ってこんなにリリのことが好きだったのかと、今更ながら実感する。
――キーンコーンカーンコーン
今はこのチャイムが幸せの鐘に聞こえるほど、俺の頭は幸せで溢れていた。
気がつけば午前が終わり、昼食の時間。こんなに時間が早く進むのも初めての体験だ。
「しょ、しょーちゃん。お弁当作ってきたんだけど…」
「ほ、本当か!?食べる食べる!」
リリは俺の為にお弁当を作ってきてくれた。いつもコンビニ飯の俺からしたら、とても豪華に感じる。しかも、おかずも俺が好きなものばかりで、将来の有望さに期待が湧く。
「えっ?えっ?お弁当作ってきたよって、2人もしかして…?」
橘さんが驚きの表情を浮かべながら聞いてきた。
「そうですけど、なにか?」
リリが淡白に答える。
「えー!?まじなの!?ちょーお似合いカップルの誕生なんですけど〜!」
「ちょっと、橘さん声が大きいよ!」
「当たり前でしょ?私としょーちゃんの相性はバッチリなんだから」
「ってことは、昨日付き合ったってこと?」
「そうだけど、あのさ?今はしょーちゃんと2人きりにしてもらえないかな?」
「えー!?ちょータイムリーなんですけど〜!2人の話もっと聞きたーい!」
「あんた聞いてるの?」
「まぁ、まぁ、リリ落ち着いて!それじゃ、ごめん橘さん!そういうことなんで、また後で!」
橘さんとの会話を流すようにその場を離れ、俺たちは屋上に向かった。
「チッ、あいつら付き合ったのかよ…にしてもあの女の対応はなに?人を下に見るかのような態度も気にくわないし…壊してやる…特に、皐月将太。お前だけは絶対に許さない…」
リリのお弁当は最高に美味しかった。こんなことが毎日続くと思うと、ついニヤついてしまう。
「しょーちゃん?」
「ん、なんだ?」
「私、世界で1番幸せ者かも♪」
「クスッ、急にどうしたんだよ」
「だって、幸せなんだもん♪」
「あはは、わけわかんねーよ」
数日前までは、まさかリリとこんな会話をするなんて想像もつかなかった。たった『好き』というひと言で、こんなにも人生が変わるなんて、もっと早く気づいていればなんて考えたりもする。
午後の授業もあっという間に終わり、下校の時間になっていた。
「しょーちゃん、一緒に帰ろ?」
「お、おう!」
朝の登校した時と同じように、俺はリリの手を握る。
「しょーちゃん?」
「なんだ?」
「ううん、なんでもない、ふふっ」
「ははっ、なんだそれ」
これが世間でいうバカップルというやつなのか。今まで、抑え込んできた自分の気持ちが爆発しているのだろう。
今、俺は本当に浮かれていると思う。
「おっ!チビ2人でお帰りか!」
「あ、えりねぇ!」
えりねぇが、ちょうど家を出る所に遭遇した。
「って、お前ら手繋いじゃってるじゃん!どうしたの?」
「あっ、それはその…」
俺が戸惑っている中、隣でリリが深く息を吸い、えりねぇに向け言葉を発した。
「私、しょーちゃんと正式にお付き合いすることになったので、よろしくお願いします」
「あははっ!そういうことだったのか!いいんじゃないか?お似合いだし!」
「そうかな?」
「あははっ!そうだって!将太も、もっと自分に自信持てよ!こんな可愛い彼女がいるんだから!あははっ!」
えりねぇは、いつもより笑っていた気がする。素直に応援してくれることはありがたいが、えりねぇがいつもより笑うときは大体、自分に都合が悪いときだと俺は知っている。
それにしても、なんで都合が悪いんだ?用事でもあるのかな?
「えりねぇはこれからお出かけなの?」
「あぁ、ちょっとな」
「そうか、それじゃ俺とリリはいくよ」
「あっ!ちょっと待って!すまねぇ、彼女さん…ちょっと将太借りていいか?」
「ちょっとだけならいいですけど…」
俺はえりねぇに呼ばれ、小さな声で話を始める。
「お前、昨日のあの後に付き合ったのか?」
「そうだけど」
「そっか〜、それじゃ、しっかりあの彼女さんを幸せにしないとな!」
「えりねぇ、何か無理してない?」
「え、え、えっ?そんなことないけど」
嘘だ。
「それならいいけど」
「てかお前がウチの心配してる場合じゃないだろ!?これからお前ん家で、お楽しみ会でも開くつもりだろ?」
「なっ!なに言ってんだよ!」
「まぁ、最初はキスぐらいにしとけよ〜、童貞くん!」
「からかうなよ!それだけか言いたいことは!」
「怒るなって!とりあえず、おめでとさんな!幸せになれよ!あははっ!」
「はいはい」
えりねぇは俺の肩を強く叩き、その場を離れていった。俺もリリの元に戻る。
「それじゃ、しょーちゃん…お家戻ろっか…」
リリの顔が真っ赤に染まっている。その顔に俺もつられて恥ずかしくなる。
「お、おう!行くか」
新学期が始まり、俺に彼女ができた。それは、小さく、とても可愛く、笑顔が素敵な彼女。
そんな彼女との、幸せ溢れる生活が始まるのだと、その時の俺は思っていた…