1話 ヤマトナデシコタチバナ
俺の通っている学校は公立の高校。俺は小さい頃から鍵っ子って言うやつで、家族は母さんしかいない。だから金銭的な面で此処の高校しか選べなかった。
でも母親には感謝してるし色々恩返ししたい気持ちもある。
「てか、今更なんだけどリリはなんでこの高校を選んだんだ?お前ならもっと高校選べただろ?」
「う〜ん……しょ、しょうちゃんがこの高校に―――、
最後の方は小声で聞き取れなかった。
「え?俺がなんて?」
「え?って……聞こえてなかったの?!もういいっ!バカ!」
なんだ?よく分からないやつだな。
そして俺たちは決められた教室に行き、新しいクラスメイトと軽い顔合わせをし、その日は終わった。
ちなみに帰りはリリと一緒に帰った。家がすぐ近くなので別れを告げた後、すぐ自分の家の玄関を開ける。
――ガチャ、
「はぁ〜、ただいま」
誰もいない家に声が響く。
今、母親は単身赴任中で一年ほど地方に行ってしまっている。けれど俺の為に、この家とお金も少しばかり残して行ってくれた。感謝しかない。
「今日もカップラーメンかな……ふふふーんふん♪」
決して幸せではないけれど不幸でもない。俺はこの現状に満足してるし、もうそろそろお隣の知り合いが帰ってくる。あの人と会うのは何年ぶりだろうか……
4月9日
休み明けの学校。まだ本格的な授業は始まらず、オリエンテーションをする事になった。
「よし!お前ら!今日は転校生を紹介する!」
担任の声が教室中に響く。
――ざわざわ
教室中が騒つく。
「本当は先週の金曜日に紹介したかったんだが、色々と間に合わなかったみたいで―――、
こんな公立高校には珍しく転校生か?
クラスのみんながどんな人なのかを期待している中、担任の長い前置きの話が終わった。
「よし!それじゃ、教室に入って来てくれ!」
――ガラガラ
「おぉ〜!!」
教室に色々な驚きの声が混じり合う。
「て、天使だ…」
「俺の学園生活が楽しくなりそうだ!!」
クラスの男子たちが騒ぎ出す。
それもそのはず
転校生は容姿端麗な女の子だった。
「こらこら、うるさいぞお前ら!それじゃ自己紹介を頼む」
「どうもみなさん初めまして、橘 桜子と申します。2学年からですが、どうぞよろしくお願い致します」
――ニコッ!
なんて綺麗な人なんだ、艶やかな短い髪、虜になってしまいそうな瞳、正に大和撫子という言葉が似合う人だ。
「それじゃ橘の席は校庭側の1番後ろ、皐月の隣だ」
「やっぱりか…」
どうりで俺の隣の席が空いてたわけだ。なんだか緊張する。因みに席は名簿順で、リリの席は廊下側の1番前。自分とはかなり離れている。
橘さんが席に座る。
「よろしくねっ!」
――ニコッ!
「あ、うん。よ、よろしく」
やばっ!綺麗すぎる!!目を反らせない、近くで見ていると本当に引き込まれてしまいそうだ。
「ん、どうしたの?私の顔になんかついてる?」
「あ、あ、いや、なんでもないです!すみません!」
「ふふっ、なんでそんなオドオドしてるの?皐月君ってちょっと可愛いかも」
「あはは…」
俺の名前もう覚えてくれてる!生きててよかった……ってダメだ!このままだと俺の心臓がもたない。
――パンっ!
担任が手を叩く。
「それじゃ、みんな!一時限目だが、教室内を自由に歩き回ってお互い自己紹介をし合ってもらう。それじゃ勝手に始めてくれ!」
おいおい、これじゃ橘さんの単独インタビューが始まっちゃうじゃねーか。みんなこっち見てるし。
俺はみんなが橘さんの席に集まるのを予想して自分の席を離れた。その途端、みんなが一斉に橘さんの席に走り出す。
「ねぇねぇ!橘さん!——」
「あの橘さん!——」
案の定、橘さんは一瞬でみんなに囲まれてしまった。
学校に来て早々、お気の毒に。
「なによ、みんなして」
「ん?なんだ、お前隣にいたのか」
気づけば少し不機嫌なリリが隣にいた。
「みんな同じこと質問してて馬鹿みたい」
「しょうがないだろ?あんな綺麗な人、滅多に見れないからな」
「もうっ、しょうちゃんもしょうちゃんだよ!あの子が席座った後、まじまじと顔なんか見ちゃって!いやらしい!ケダモノ!変態!」
「は、はぁ?そこまで言うことはないだろ!」
やっぱりさっきのファーストコンタクトは見られてたか。そもそも、そんな事で不機嫌になるリリもよく分からないが。
「しょうちゃんはあんな人がタイプなの?」
「タイプって…、まぁ俺はロングヘアーより橘さんみたいなショートカットの方が好きなのは確かだな」
「えっ、しょうちゃんはショートカットが好きだったの?!知らなかった…」
「あれ、前も言わなかったっけ?」
知らなかった事にショックを受けたのか、リリが急に黙り込む。
そんな事より、橘さんに対する質問責めは終わりそうにないな。
「あ、あの〜、みなさん?私からも質問していいかしら?」
急な橘さんからの質問に対しクラスメイトが騒ぎ出す。
「え?なになに?」
「橘さん何を質問したいの?」
「俺だよね俺に質問だよね?」
おいおい、お前ら少しは黙れよ、橘さんが困ってるだろ?
「その〜、あそこの2人は付き合ってるの?」
橘さんが指をさす。その方向の先は最悪にも俺とリリがいる場所だった。
「なんで……?」
クラスがさっきの騒音とは打って変わって静まり返る。
待ってくれ、みんなこっち見てるじゃねぇか!なんてこと質問してくれたんだ橘さん……
「あの2人は幼馴染みたいだよ?」
1人のクラスメイトが答える。
「ふ〜ん、そうなんだ!皐月君ともう1人の女の子が凄い仲良しそうで、つい羨ましくなっちゃって聞きたくなっちゃった……」
え、それってどういう事?
「え、なに、橘さんは皐月君が気になるの?」
「まじ!?もう恋始まってる感じ?」
「い、いや、そう言う事ではないから!決して、断じてないから!」
――チッ!
クラスメイトの男子たちの舌打ちが綺麗に揃った。
男子の視線が痛すぎる……。また敵を増やしてしまったか?
もう勘弁してくれ。
だが、幸いなことに、リリはこの会話が耳に入らないほど、ずっと落ち込んでいた。
そして一時限目が終わった。
俺は自分の席に戻る。
「あの皐月君、さっきはごめんね?」
「あ、大丈夫だよ、気にしないで!こういう事は慣れてるから」
慣れているのは嘘、このせいで俺に男友達ができなくなっているのは否めない。その為、慣れたくても慣れないのが現状だ。
それにしても、橘さんを気になってしまっている自分がいる。
そうすると不意にリリが近づいてくる。
「ねぇ、しょうちゃん、今日午後暇?」
「え、しょうちゃん?」
リリの俺に対する呼び方に橘さんが反応してしまう。
「リリ!!その呼び方はっ!!」
「あ、ごめん!!将太君!」
慌てて口を塞ごうとしたが、もう時はすでに遅かった。
「え、なになに、2人はそんな感じでいつもお互い呼び合ってるの?可愛い〜!」
あー、もはや前言撤回できない、終わった……
「しょうちゃんか、いいなぁ〜!私もその呼び方にしても――――」
「ダメ!ダメダメダメダメ!!しょうちゃんは私だけの物なの!!だからその呼び方は私だけが使っていいの!!!」
食い気味にリリが否定する。勢いよく否定したからか、橘さんは慌てて謝罪をした。
「ご、ごめんね!私、調子乗りすぎちゃった……そ、それにしても山田さんって本当に皐月君のことが好きなのね」
「す、すすすす好きって!そんなこと今ここで言えるわけないでしょ?!」
リリの頭がパニック状態になり、全く会話が噛み合わなくなっている。
「こ、この話はおしまい!ほら、リリも自分の席戻れ!」
「しょうちゃんのこと、す、す、すすすすすすすすす――――――――、」
はぁ、俺の学校生活はどうなってしまうんだ?